第461話 冒険者としての第一歩を踏みしめる仮面の半ズボン


「ほうほう。ここが納品所ですか」


 薬草採取を無事に終えた僕達アルティメット・ヘズラトボンバーズの面々は、クリスティーナさんとともに冒険者ギルドの納品所までやってきた。


 以前から場所だけは聞いていたが、この部屋に入ったのは初めてだ。

 構造自体は他の受付と変わらんかな。お客さん側と受付員さん側で分かれていて、カウンターで仕切っている感じ。


 ただ、そのカウンターはずいぶん幅広に作られており、厚みもあって頑丈そう。

 採取した素材や討伐したモンスターの素材を載せるために、こういうカウンターが必要なんだろう。


 んで、そのカウンターの奥には受付員さんがいるわけだが――


「……なるほど」


 やはりここにも美人受付嬢さんはいないのか……。

 というよりも、むしろ美人受付嬢さんとは対極に位置するような受付員さんだった。ガタイのいいヒゲづらのおっさんだった。


 ……何故このギルドはこうなのか。冒険者の意欲を向上させようという考えはないのか。

 受付の人を美人さんにするだけで業績も爆上がりであろうに、何故そこへの投資を惜しむのか。理解に苦しむ。


「どうかしたか?」


「いえ、なんでもないです。行きましょう」


 まぁ仕方がない。いないのだから仕方がない。こんなことをみんなに愚痴っても仕方がない。


 というか、さすがに納品所で美人受付嬢さんは難しいのかもしれないねぇ。

 納品所である以上、納品された素材を査定する能力が受付員さんには求められるはずだ。そういった目利き能力と美貌を兼ね備えた受付嬢さんというのは、なかなか探しても見付けられないものだろう。


 まぁ僕としては、多少あやふやな査定でもいいから美人さんを配置してもらいたいって気持ちがあったりもするのだけど……。

 ……まぁいいや。とりあえず受付へ向かおう。


「こんにちはー」


「おう。……おぉ? あぁ、お前がアレか、仮面の半ズボンか」


「…………」


 のっけから、ずいぶんな挨拶だな……。なんなのだ、その二つ名は……。


「えっと、それはその、なんでしょうか……?」


「美女をはべらす仮面の半ズボンが最近町に出没しているって噂を聞いてなぁ。お前さんがそれなんだろう?」


「うーむ……」


 まぁまず間違いなく僕のことだろうな……。

 噂になっているのか……。


「噂されるのも仕方がない。実際にこうして美女をはべらしているのだから」


「そうだな。私やジスレアやクリスティーナさんと、アレク君の周りには美女や美少女ばっかりだ」


「……え、アタシもはべらされている中に入ってんのか?」


 という美女のみなさんからの声。ちなみに美少女はこの中にはいないと思う。


「あと大ネズミの噂もチラホラ聞いたな」


「おや、そうでしたか。その噂の大ネズミ君がこの子ですね。僕の召喚獣のヘズラト君です」


「キー」


「『よろしくお願いします』と言っています」


「おお。よろしくなヘズラト」


 謎の仮面に、美女に、大ネズミに……よくよく考えれば噂になるのも当然のパーティであった。

 できることなら、良い噂が広まってほしいところだけどねぇ。


「で、どうした半ズボン。ここへ来たってことは、納品か?」


「は――」


 半ズボン……? え、待って、僕の呼び方はそれなの? 衣服の分類で呼ばれてしまうの?


「待ってくださいヒゲの受付さん、さすがにその呼ばれ方は不本意です。僕にはアレクという立派な名前があるんです」


「おぉ、そうか。それはすまんかった。アレクだな。……というか、ヒゲの受付て」


「アレクです。よろしくお願いします。そういうわけで僕ことアレクは、素材の納品にやってまいりました」


「ヒゲの受付……」


 さてさて、それじゃあ納品だ。とりあえずカウンターに置いていけばいいのかな?


「アレク、これ使え」


「なるほど。ありがとうございます」


 カウンターの脇に重なっていたトレイをひとつ取り、クリスティーナさんがこちらへよこしてくれた。この上に置けばいいらしい。


 僕はマジックバッグから採れたての薬草を引っ張り出し、トレイに並べた。

 町へ入る際、お土産として門番のケイトさんにおすそ分けしたので多少数は減ってしまったが、まだまだそれなりの量はある。


「ふむ。薬草か」


「薬草です」


「では私も」


 続いてスカーレットさんも薬草を取り出した。


「みんな薬草か?」


「ふっふっふ、そうなのだよ。みんなで薬草採取に勤しんだのだよ」


「んん? ただの草も混じってるな」


「…………」


 ……なんかもうスカーレットさんとただの草は、切っても切れない関係になりつつあるな。

 確かスカーレットさんは手当たり次第に草を引き抜いて、それから選別してマジックバッグに放り込むって手法をとっていたと思うが……うっかり混じってしまったのだろう。


「じゃあそれはこっちで処分しておくから……ん? それとも必要だったりするか?」


「……別にいらないかな。捨てておいてくれると助かる」


 まぁただの草だしねぇ……。


 そんなやり取りがありつつ、続いてジスレアさんとヘズラト君とクリスティーナさんも薬草をトレイに並べていった。

 うんうん。こうして見ると壮観だ。結構な量になったね。


「あー、あと解体した肉も出すか」


「あれ? 一緒に精算しちゃっていいんですか? それはクリスティーナさんが討伐して解体したお肉ですが」


「でもまぁ、みんなと一緒にいるときに倒したモンスターだしな。それに解体はジスレアも手伝ってくれたし」


 そう言ってクリスティーナさんはトレイをもうひとつ取り、その上に大ネズミの肉を置いた。


「大ネズミの肉だな。……大ネズミ?」


 ポツリとつぶやいた後、ヒゲの受付さんはヘズラト君に視線を移した。

 ふむ。やっぱりちょっと気になっちゃうか……。


「違いますよ? これは、たまたま遭遇した野生の大ネズミです。うちのヘズラト君とは関係のないお肉です。違いますからね? そこは勘違いしないようお願いしますよ?」


「さすがにそんなことは考えてないが……」


 クリスティーナさんはうっかりそんなことを考えたからな。相当ひどい濡れ衣を着せられそうになった。


「んじゃ査定額を計算するから、少し待っててくれ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 ヒゲの受付さんはソロバンっぽいものを弾きながら、薬草をひとつひとつ確認していく。

 結構な速度だ。薬草も結構な数ではあるが、この分ならすぐに終わりそう。


 というわけで、しばしヒゲの受付さんの作業をぼんやり眺めていると――


「よし、終わったぞ」


「お疲れ様です。すごい早さですね」


「おう、ありがとうな。それで査定額だが、全部で――」


「ふむふむ。――はい、それで構いません」


 ヒゲの受付さんが提示する額に了承し、精算してもらう。

 まぁ正直買取の相場とかもわからんので言われるがままなのだが、みんなも頷いているので、特におかしな額でもないらしい。


 ちなみにだが――赤字である。今回に限っては仕方がないことではあるが、僕がクリスティーナさんに支払った依頼料の方がだいぶ高い。

 それでもって、僕達の一日分の食費や宿泊費にもちょっと届かない。まぁこれは僕達が泊まっている宿が、だいぶお高めの宿ってのも理由にあるが……。


 でも印象としては、結構貰えたなって感想。

 今回はそこまで長時間の採取活動でもなかったし、もう少し長い時間頑張って、それでいて慎ましやかな生活を心掛ければ、薬草採取で生きていけそう。


「――アレク」


「はい? どうしましたジスレアさん?」


 何やらジスレアさんが神妙な雰囲気を醸し出している。何? 何事?


「こうしてアレクは素材をギルドに納品して、報酬を受け取った」


「え? あ、はい、まぁそうですね?」


「つまり――冒険者としての第一歩を踏みしめた」


「第一歩を……? おぉ? えっと、それは……いいんですか? 今回はクリスティーナさんに頼りっぱなしだった気もしますが」


「いい。私が認める」


 おぉぉ……。なんか認めてくれた。ジスレアさんが僕の第一歩を認めてくれた……。

 そうか、ようやく僕は第一歩を踏みしめたか……。


「おめでとうアレク」


「うんうん、おめでとうアレク君」


「あー、よかったな?」


 てな感じで、ジスレアさんとスカーレットさんとクリスティーナさんがお祝いしてくれた。


 いやはや、嬉しいね。ちょっと照れくささはあるが、とても嬉しい。嬉しいと恥ずかしいが8:2くらいかな。それくらいの割合で嬉しい。


「ヒゲの受付さん」


「みんな俺のことをそう呼ぶのか……。えぇと、なんだ?」


「今の薬草は、アレクが初めてギルドに納品した素材。今初めてアレクはギルドの依頼を達成した。そのことをヒゲの受付さんも褒めてあげてほしい」


「お、そうだったんだな。やったなアレク、おめでとう。大したもんだ」


「……ええはい、ありがとうございます」


 うん、まぁ嬉しい。そう褒めてもらえて、嬉しいのは間違いないけれど……何やらヒゲの受付さんに祝福を強要してしまったようで、ちょっぴり申し訳なさを覚えたりもする。


 ……というか、そもそも町の近くの原っぱで草むしりしてきただけで、ここまで大層に祝われるのも、ちょっとどうなのって感じもする。

 実際その薬草採取で散々グダってきた僕達のパーティではあるが、そんな事情を知らないヒゲの受付さんからしたら、僕達はどれだけ大げさな奴らなのかって感想をもたれかねないわけで……。


 ……うん。もはや半々だな。嬉しいと恥ずかしいが5:5くらい。

 でもまぁ、やっぱり嬉しいことは嬉しいし――


「そこの君達」


「……え? えっと、何か?」


 なんかフラッと納品所に現れた知らないパーティさん達にも、ジスレアさんが絡み出した。


「ここにいる仮面の半ズボンが、今初めてギルドの依頼を達成した。冒険者としての第一歩を踏みしめた」


「えぇと……そうなんですか」


「だから褒めてあげてほしい。仮面の半ズボンを褒めてあげてほしい」


「あ、はい。おめでとうございます仮面の半ズボンさん」


「おめでとう半ズボンさん」


「……ありがとうございます」


 ……何やらいろいろとツッコミどころしかない。


 ツッコミどころしかない状況になってしまったが、とりあえず――2:8だな。

 嬉しいと恥ずかしいが2:8くらい。だいぶ恥ずかしさが上回ってきた。当初と割合が逆転してしまった。


「あ、また誰か来た。行こうアレク。あの人達にもお祝いを――」


 もうやめてジスレアさん! もうこれ以上嬉しさの割合を削らないで! 恥ずかしさが100%になってしまう!





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