第456話 マジそれな


 僕達が採取した草は、そこら辺に生えている雑草なのだそうだ。


 無念である。今この瞬間、薬草の採取依頼を失敗したことが確定してしまった。

 スカーレットさんの名誉も回復せず、依然としてパーティもバラバラで、僕が踏み出した冒険者としての第一歩も、未だに着地点を探してさまよい続けている。


 そうかー。ダメだったかー。

 いやー、参ったなこれ。本当にただの草なのか。


 なんだかなぁ。この草で一発逆転を狙っていたんだけどねぇ。

 この草が薬草であること、その結果こそがすべてを好転させる何よりの治療薬! ……てなことを考えていたのに、結局はただの雑草であった。


「おいアレク、どうしたんだ?」


「あー、いえ、なんでもないですよ?」


「……なんでしまうんだ?」


 そそくさと雑草をしまおうとしていたところを、クリスティーナさんにとがめられてしまった。


「あ、もしかしてお前――その草を薬草と間違えたんじゃねぇか?」


「ぐぬ」


 クリスティーナさんに看破されてしまった。ニマニマと笑いながら指摘されてしまった。


 むぅ、少し恥ずかしい。確かにこれは恥ずかしい。

 どうしたものか。『これは僕じゃないんです。スカーレットさんが見付けたんです』と、スカーレットさんに恥をなすり付けてしまおうか?

 だがしかし、その辱めを何よりもイヤがっていたのがスカーレットさんだ。さすがにそれは申し訳ないような……。


「でもまぁ、確かアレクは薬草に詳しくないって言ってたよな? それなら仕方ねぇよ」


「……おや? そうなのですか?」


「特にその草は薬草とよく似てるしな。『薬草モドキ』なんて呼ばれてるくらいだ」


「へぇ?」


 薬草モドキ。うん、確かに似ていた。見本にした薬草と、本当によく似ていたんだ。それで僕達も間違えてしまった。


 そうかそうか、それならば仕方がない。『うっかり雑草を抜いてきました』ではなく、『うっかり薬草モドキを抜いてきました』ってことならば、なんとなく言い訳もできそうな気がする。


「まぁ普通は間違えねぇけど」


「…………」


 似てるのになぁ……。


「でもクリスティーナさんも薬草とは違う物だとすぐに見抜きましたね。どうやって見分けたんでしょう?」


「とりあえず――根だな」


「根?」


「根っこが薬草と違うんだよ。本物の薬草は、もっと根が細くて短い」


「ほう……」


 そんな見分け方があったのか。見本にした薬草は、すでに根の部分が切られていてわからなかった。


「他にもいろいろ見分け方はあるんだが――」


「ほうほう。できたら教えていただけますでしょうか?」


「いいけど、アレクはまだ薬草採取を続けるつもりか?」


「そのつもりです」


 これが終わらんと、僕の第一歩が終わらんのですよ。


「そうか。……なんだったら、アタシが付いていってやろうか?」


「んん? えっと、それはつまり――僕達の薬草採取に同行してくれるということですか?」


「まぁ、よかったら」


「なんとなんと。ありがとうございます、願ってもないことです。是非お願いします」


「ん」


 いやはや、それは助かる。本当にありがたい。

 どうやらクリスティーナさんは薬草に関してだいぶ詳しい様子。これはもう勝ったな。任務完了間違いなし。勝ったも同然。勝ち確。


「さて、そうとなれば――」


「うん?」


「――お金を払います」


「またかよ……」


 またである。確かにクリスティーナさんと会ったときは毎回このやり取りをしている気がする。


「ですがクリスティーナさん、こればっかりは受け取ってもらわないと。ここでの謝礼は当然の流れかと」


「えぇ? そうかぁ?」


「そうですとも。ここは是非に――――ハッ」


「あん?」


 とても良いことを閃いた。ここはアレだな。アレをああしてこうしよう。


「ちょっと待っていてください」


「なんだ? 急にどうした?」


「ええまぁ、ちょっとだけ。ちょっとだけ席を外します。ヘズラト君は――うん。ここに座っていてね」


「またかよ……。いや、別にいいけど」


 前回の離席時に、ヘズラト君とも普通に筆談できるとわかったからか、クリスティーナさんも特に戸惑う様子は見せない。

 そういうわけなので、しばしご歓談くださいな。


「なんだかお前のご主人様は慌ただしくて突拍子もないな。ヘズラトも苦労しているんじゃねぇか?」


「キー」


 『いえいえ、そのようなことは』と言葉を返しながら、ヘズラト君は紙と鉛筆を手に取った。文字でもそう書いて伝えるのだろう。

 ……こっそり『マジそれな』とか書かれないことを祈る。



 ◇



「こんにちは」


「はい、こんにちは。ご要件はなんでしょう?」


 というわけでクリスティーナさんとヘズラト君から離れ、ギルドの受付までやってきた。


「実はですね――指名依頼ってのをやってみたいんです」


 指名依頼。冒険者を指名して、その人に出す依頼。

 僕が依頼主となるので、これをギルドにお願いしたい。


「指名依頼ですか? となりますと――どの方に、どのような依頼を?」


「えぇと、クリスティーナさんという冒険者に――『薬草採取の指導』という依頼を」


 これである。これこそが、僕が閃いた名案。

 せっかくなら依頼としてクリスティーナさんを指名して、たんまりお金を払ってしまおうという作戦である。


「薬草採取の指導ですか……?」


「できますか?」


「それは……ええ、依頼を出すことは可能です。もちろんそれには費用が掛かりますし、相手が依頼を受諾してくれるかはわかりませんが」


「あ、それは大丈夫です。お金も大丈夫ですし、クリスティーナさんも薬草採取を手伝ってくれると言っています」


「……はい? えっと、そうなんですか? でしたら、わざわざギルドを通さなくとも……」


 おや。それを指摘してくるとは、なかなかに良心的な受付員さんだ。ギルドにもお金が入るだろうし、黙って受け入れてしまえばいいものを、なんとも良心的。


「まぁまぁ。とりあえず可能であれば、依頼の方をお願いします」


「はぁ……。それは構いませんが……」


「あ、ちなみにこの依頼だと、成功報酬ってどのくらいが普通ですかね?」


「そうですねぇ……。おそらくですが――この程度かと」


 そうして伝えられた報酬額だが――ふむ。そんなもんか。


「では――その二十倍」


「にっ……」


「二十倍です。それくらい重要な依頼なのですよ」


「そうですか……。そういうことでしたら……」


 多少戸惑いながらも受付員さんは納得してくれた。書類に何かを書き込んでいる。


 よしよし。あとはクリスティーナさんがこの依頼を引き受けてくれたらミッションコンプリートだ。

 実際の依頼が始まる前からミッションコンプリートというのもおかしな話だが、あとはクリスティーナさんが依頼を受けてくれるのを願うのみ。


 ……というか、それが難しいような気もする。

 受けてくれるかな? 結構な額になっちゃったから、クリスティーナさんは遠慮するかもしれない。

 とりあえず『もう依頼を出しちゃったので』と伝え、どうにかこうにか受け入れてもらうように――


「何してんだお前は」


「おぉう」


 何やら後ろから頭をガシッと掴まれた感覚。そして聞こえるクリスティーナさんの声。


「なんか不穏な動きを見せたから付いてきたら、いったい何してんだよ」


「むぅ……」


 バレてしまった。こっそりことを済ませようとしたのに、あっさりバレてしまった。


「……ですが、待ってくださいクリスティーナさん。クリスティーナさんは冒険者なわけで、冒険者にお願いをするのなら、依頼という形を取るのは至極当然の流れではないでしょうか? そして依頼ならば、それ相応の報酬を用意するのも当然かと」


「明らかに不相応な報酬だろうが。なんかお前、二十倍とか言ってなかったか?」


「むぅ……」


 そこまで聞かれてしまったか……。こうなると、もう過度な報酬を押し付けるのは無理かもしれない。せっかくなので指名依頼だけはしっかりするつもりだが、たぶんそこそこの額で収まってしまいそう。


 そんなふうに僕が残念がっていると――クリスティーナさんの隣りにいるヘズラト君が目に入った。

 クリスティーナさんと一緒に付いてきたようだが、ヘズラト君は僕に対して――


「キー……」


「ん……。いや、ヘズラト君は悪くないよ。なんだかごめんね」


「キー」


 うぅむ。申し訳ない。何やら変に気を遣わせてしまった。


「ん? なんだ?」


「ヘズラト君曰く――『アレク様の様子を見に行こうとするクリスティーナ様を、止めることができませんでした』とのことです」


「あぁ……。アタシが席を立ったら、なんか困ってたな」


「『そもそも本当にお止めした方がいいのか、私には判断が付かず……』とのことらしいです」


「そうか……。まぁアレクのためにいろいろ考えてたんだろうけど、とりあえず止めなくて正解だったんじゃねぇか?」


 そう言って、ヘズラト君の頭を撫でるクリスティーナさん。


「なんつうか、やっぱりアレクはヘズラトに苦労を掛けてそうだよな」


「キー」


 クリスティーナさんに撫でられながら、『いえ、そのようなことは』と返答するヘズラト君。


 ヘズラト君はそう言ってくれたが……苦労やら迷惑やらを掛けていることは、もはや間違いなさそうで……。

 『マジそれな』とか言われないよう、僕ももうちょっと気を付けよう……。





 next chapter:指名依頼

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