第423話 いきなりガラの悪い冒険者に絡まれるという、異世界冒険者ギルドのテンプレ


 いねぇじゃねぇか! ちくしょう!


 冒険者ギルドだというのに、美人受付嬢さんがいない! なんだこれは、どういうことだ!

 普通いるだろう! いなきゃおかしい! 何故なんだ! テンプレは守りなさいよ!


 もう! もう! もう!

 ギルドに受付嬢さんはいないし、宿屋に看板娘さんもいない! どうなっているんだラフトの町は!


 こんなのはもう――詐欺さぎじゃないか!!


「アレク?」


「……ハッ」


 ジスレアさんに声を掛けられて、我に返った。


 ……うん。ちょっと冷静じゃなかった。自分を見失っていた。

 心の中でとはいえ、何やら口汚く暴言を吐いてしまった気がする。


 というわけで、冒険者ギルドにやってきた僕とジスレアさんとスカーレットさん。

 中へ入って、受付らしきカウンターへ目を向けたのだが……残念ながら美人受付嬢さんはいなかった。


 受付業務を行っているのは、ギルド職員と思われるお兄さんとか、おじさんとかおばさんとかだった。

 いなかった。美人受付嬢さんは、いなかったのだ……。


 いやー、マジかー。えっと、本当に? 本当にいないの?

 そんなことってあるのか……。こればっかりは鉄板のテンプレだと思っていたのに、現実は厳しいなぁ……。


 …………。


 あ、違う。そうじゃない。僕はどっちでもよかった。

 美人受付嬢さんがいてもいなくても、僕としては別にどっちでもよかったんだ。ちょっと気になっただけで、僕は別に……。


「――それはそうと」


「うん?」


「何やらギルド内がざわついているような……。というか、チラチラ見られていますね」


 冒険者ギルドというだけあって、建物内には多くの冒険者がいるようだが……何やらみんな動揺し、こちらをチラチラうかがっている様子が確認できる。

 

 おそらくは、僕達が入ってきたときからそうだったのだろう。

 僕は入ってすぐ受付に釘付けだったので気付くのが遅れたが、僕達三人がギルドに現れたことで、ギルド内に動揺が広がったのだと思われる。


「確かにちょっと注目を集めている」


「ですよねぇ」


 はてさて、問題は注目を集めている理由だ。

 やっぱりジスレアさんとスカーレットさんが原因だろうか? 二人ともとんでもない美人さんだからな。こんな美女二人が突然現れたら、そりゃあ目で追ってしまうのも頷ける。


 ……もしくは、突然現れた怪しい仮面の男の存在が原因か。

 いったいどっちの理由なのか、みんなにアンケートをとってみたくもある。


「……あ、そういえば、スカーレットさんは勇者様ですよね」


「勇者だとも。『そういえば』って感じで、ふと思い出したように確認されるのは少々遺憾いかんなのだが?」


「あ、えっと、すみません」


「いいのだけども」


 妙なところで注意されてしまった……。

 常に勇者だと認識し、尊敬の念を持てということだろうか。


「それで、なんだろう?」


「えぇとですね、スカーレットさんのことを見て、勇者様だと気付ける人ってどれくらいいるんでしょうか?」


「ふむ?」


「ここにいるのはみんな冒険者なわけで、冒険者なら勇者スカーレットさんの容姿を知っていたりするんですかね?」


 ひょっとすると、この注目は勇者スカーレットさんが原因だったりしない?

 みんな勇者様に驚いているんじゃないかなって、そんな予想を立ててみたのだけど。


「ふーむ。実は私も、ここのギルドには何度か来たことがある」


「あ、そうなんですか」


「でもそのとき、あえて自分から『私こそが勇者スカーレットさん』と宣言することもなかった気がする」


「なるほど……」


 じゃあみんな知らないか。

 となると、やっぱりこのざわつきは、美女に対するざわつきか、不審者に対するざわつきかってことになるのだが……。


「せっかくだし、一応宣言しておこうか?」


「はい?」


「私が勇者スカーレットさんだと宣言しておこうか? 勇者の威光を示しておこうか?」


「えぇと……」


 まぁスカーレットさんが示したいというのなら、僕は別に止めたりしないけど……。

 しかし、そうも気軽に示していいものなのかな……。


「そうしておけば、アレク君が妙な注目を集めるのも防げると思うのだが?」


「…………」


 どうやらスカーレットさんは、注目の原因が僕だと確信しているようだ。


「普通にしていればいい。ちょっと見られているだけだし、そのうち落ち着く」


「まぁそうですかね」


 確かに意外と話し掛けられないもんだね。

 ただならぬ雰囲気を醸し出すアレクパーティに、冒険者達も尻込みしているのだろうか?

 そんな冒険者達に対し、わざわざ自分から絡みにいく必要もあるまい。ジスレアさんの言う通り、とりあえず気にしないことにしよう。


「それじゃあ早速アレクのギルドカードを作ってもらおう」


「お、いよいよですね」


 そうかそうか、ついにギルドカードか。ついに僕もカード持ちか。

 カード作成には試験や講習、あるいは審査もないとのことで、サクッと作ってもらおうじゃないか。


 えぇと、じゃあ受付かな? 受付に行けばいいのかな?

 受付で……美人受付嬢がいない受付で……。うん、まぁ楽しみだよね。美人受付嬢はいないけれど、ギルドカードは楽しみ。


「――あ」


「はい?」


「その前に、ちょっと用事を思い出した」


「用事ですか?」


「さっき話したことだけど、私はこのギルドで世話になった」


「えぇと……? あぁはい、通話の魔道具のことですね?」


 通話の魔道具を使ってもらい、スカーレットさんと連絡をとったという話だったかな?


「なので、一応その報告をしてこようかと思う。こうして無事にスカーレットと会うことができたと、ギルド長に伝えてくる」


「ほほう?」


 なるほど、それでギルド長に報告か。

 というか『ギルド長』なんだね。『ギルドマスター』ではなく、『ギルド長』なのか。


「ん、それじゃあ私も行こうかな。実際に私も付いていった方が話が早いだろう」


「そうかもしれない。――じゃあアレク、私とスカーレットはギルド長と話してくるから、少し待っていて」


「……は?」


 え、ちょ……あれ? 僕は? え、僕はどうするの?

 てっきり僕も付いていく流れかと思った。違うの? 僕が付いていくのはダメなの?


「アレクは初めてギルドに来たわけで、気になることもたくさんあると思う。私達がいない間、いろいろ見学するといい」


「えぇ……?」


 そりゃあ気になることも多いし、見学したい気持ちはあるけど……。

 でも初めて来たギルドで、周りは知らない冒険者ばっかりで……正直とても心細い。


 別にそこまで急いで見学したいわけじゃないし、できたら僕も連れていってくれるとありがたいのだけど……。

 というか、是非に。是非とも僕も連れていってほしい……。



 ◇



 ギルドで一人、僕は椅子に座り、空気になるよう心掛けていた。

 同化しよう。ギルドの風景と同化するんだ。静かに大人しくして、ただただ時が流れるのを待とう……。


 というわけで――置いてけぼりである。さすがに『心細いから連れて行って』とは、格好悪くて言えなかった。結果として、僕は一人残された。

 ジスレアさん曰く、『出入り禁止になる危険を冒してまで、ギルド内で揉め事を起こす冒険者はいない』とのことで、そこまで心配する必要もないのかもしれないけど……。


 それでも不安だ。心細い。のんきにギルドを見学する気にはなれない。

 なんと言っても、ここは冒険者ギルド。異世界転生者である僕が、初めて訪れた冒険者ギルドなのだ。


 ……だとすると、やっぱりちょっとビビってしまう。

 シチュエーションがシチュエーションなだけに、どうしても連想してしまうのは――


「――おいおいおい。いつからここは、子供の遊び場になったんだ?」


 ちんまりと座っていた僕に対し、そんな言葉が後ろから投げかけられた。


 おぉぉぉ……。なんというテンプレだ……。

 本当に来た。いきなりガラの悪い冒険者に絡まれるという異世界冒険者ギルドのテンプレを、この身をもって実際に体験している……。


 本当に、ラフトの町はなんなんだ。美人受付嬢のテンプレは守らないくせに、こんなテンプレは守るのか。

 目立たないよう小さく丸まっていたのに、このテンプレからは逃げられなかった。……あるいは小さくなっていたから、こんな言葉を掛けられてしまったのか?


 いやしかし、この声は……?

 明らかに僕に向けて喋っているのもわかったし、他にも気になることがあったので、恐る恐る僕が振り向いてみると――


「おぉう……」


 ――美人さんだ。

 美人さんの冒険者がいた。


 言葉遣い自体は荒く、ガラの悪い冒険者とも言えそうだけど――でも美人さんだ。

 口調はともかく、妙に綺麗な声をしていると思って振り向いたのだけど――やはり美人さんだった。


 えっと、なんだこれは。どう考えたらいいんだ? どう反応したらいいんだ?

 わからない。僕はどうしたらいい? ……喜んでいいのか?





 next chapter:ラフトの町の冒険者クリスティーナ

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