第416話 世界樹様のニワトリ


 父の転職について詳細を尋ねるメールをナナさんに送った後、僕はスカーレットさんに事情を説明していた。


「ふむふむ。神様のニワトリともなれば、確かに少しひるんでしまうものか」


「そうですね。どうにも恐れ多いと感じてしまうようで」


 僕達のダンジョンが世界樹様のダンジョンだと思われていること。ダンジョンのニワトリが世界樹様のニワトリだと思われていること。

 それらの理由からみんなが及び腰だということを、ざっくりスカーレットさんに説明した。


「実際にはただのニワトリで、僕とナナさんのニワトリなんですけどね」


 まぁほんのちょっとカスタムというか、品種改良的なやつはこちらでもほどこしたけれども――


「おっと、返事が来ました」


 画面を開きっぱなしで放置していたDメールに、新たな文字が打ち込まれた。

 というか、現在進行系で打ち込まれている。結構な長文が、結構な速さで入力され続けているようだが……。

 なんというか、いろいろあったんだなぁ……。


 ひとまず書かれた内容を上から追ってみると――


「んー、なるほど。――父がユグドラシルさんに聞いたらしいです。ちょうど我が家にユグドラシルさんが遊びに来たので、その際『あのニワトリはどうしたらいいのか』と、直接尋ねたそうです」


「お、そうなのか。それならいろいろ解決しそうじゃないか? 事情を知っているユグドラシルさんの方から上手いこと言ってもらえばいい。ユグドラシルさんはなんて答えたのかな?」


「『ニワトリってなんじゃ?』と答えたらしいです……」


「えぇ……?」


「まだユグドラシルさんには牧場エリアのこともニワトリのことも話していなかったために、そんな回答を……」


「それはまた……」


 うっかりだなぁ……。そこはちゃんと伝えておくべきだった。世界樹様の迷宮なんて名乗ってしまっている以上、世界樹様とはしっかり情報共有しておくべきだった。


「ですが、運良くその場にナナさんも居たため、どうにかこうにか事情を説明したそうです」


「んん? でもその場にはセルジャンも居たんだろう? つまりナナさんは――ユグドラシルさんが何も知らないことをセルジャンに気付かれないよう、注意しながらユグドラシルさんに事情を説明したってことかな?」


「そのようです」


「それを上手くこなすのは、だいぶ難しそうだけど……」


 確かにだいぶ難解なミッションだったと思う……。

 なんでもナナさんとユグドラシルさんは――


『ユグドラシル様、あのニワトリです。例の新エリア――ダンジョンに新しく作られた、牧草地が広がる7-1エリア。そこに生息する二羽のニワトリのことです。オスとメスの二羽の』


『え? えっと……。あ、うむ。そう……じゃな? あのニワトリのことじゃな?』


『そうです。セルジャン様や村の皆様方は、世界樹のニワトリをどうしたらいいのか、ユグドラシル様にお聞きかせ願いたいのです』


『世界樹のニワトリ……。それは……。そうか、うむ……』


 ――てな感じで、その場でどうにかナナさんはユグドラシルさんに事情を説明したらしい。

 ……何やら必死で話を合わせようとしてくれるユグドラシルさんが、とても健気に思える。


 さらに二人は会話を続け――


『あー。そうじゃな……。うむ。とりあえずそのニワトリは、そのまま放っておいてほしい――』


『――わけではなく?』


『……わけではないな。うむ。放っておいてほしいわけではない。じゃから、みんなで食べて――』


『――しまうと、ニワトリがいなくなってしまいますよね? なにせ二羽しかいなのですから』


『……うむ。いなくなってしまう。じゃから、えぇと、つまりは…………育てる?』


『なるほど。好きに育てて増やして、それから卵なり肉なりを有効活用してほしいと、そうおっしゃりたいのですね?』


『う、うむ。そういうことじゃ』


 ――などというやり取りがあったそうだ。

 なんかもう最後の方は、ナナさんが全部自分で言っている気がした。


 そんな二人のやり取りを、父も若干じゃっかんいぶかしんだようだが、それでも一応は納得して、二羽のニワトリを育てる方向で話を進めたらしい。


「その後、村人みんなで相談したのですが――やっぱりみんな及び腰になったそうです」


「うん? なんでだ? ある意味、神様からのお墨付すみつきを貰ったわけだろう?」


「まぁそうなんですけど、別の言い方をすれば、いわゆる神託しんたくってやつですからね。神様からの『ニワトリを育てよ』という神託なわけで、これはもう絶対に失敗できないと、みんなちょっと怯んだみたいです」


「あー、なるほどなぁ……」


 しかもそのニワトリも、オスとメスで一羽ずつしかいないのだ。

 そこから増やすのはなかなかに厳しい。それでいて責任重大。そりゃあみんなが怯むのも納得だ。


「それで父も困ったらしいです。なにせ父は神様から直々に神託を受けた立場なわけで……。誰もやらないなら、自分がやるしかないと……」


「あぁ、セルジャン……」


 あぁ、父よ……。不憫ふびんなり父……。


 ……というか、そんな他人事っぽく言える話ではないな。

 普通に僕達のせいじゃないか。僕とナナさんが考えなしに牧場エリアを作ったばっかりに、父がこんなことになってしまった。


 やっぱり世界旅行中に実装すべきエリアじゃなかったかなぁ……。

 僕が村にいたら、こんな遠く離れた地で事の顛末てんまつを聞くだけではなく、僕もこの件に関与できたはずだ。そうしたらきっと――


 ……それはそれで、もっとややこしい事態に発展していた気がしないでもない。


「でもまぁ、案外父も乗り気みたいです。使命感に燃えていて、やる気に満ち溢れているそうです。慣れない作業に四苦八苦しながらも、楽しげにニワトリの世話をしているっぽいです」


「そうなのか……。まぁ、セルジャンがいいのならいいのだけど……」


 ……うん。それだけが救いだ。

 もう父には申し訳なさでいっぱいなのだけど、父が現状を楽しんでくれているというのなら、それだけが唯一の救い。


 ちなみにだが、そんな父に対して――


『お祖父様のモチベーションも高いですし、この勢いで牛やらヤギやら羊やらをバンバン追加投入してみてはいかがでしょう? お祖父様も喜んでくれるのでは?』


 ――なんて提案をナナさんがしてきた。


 さすがに無茶がすぎる。さすがに止めた方がいい気がする。

 牧畜初心者の父に、いきなりどれだけの試練を与えるつもりなのか。


 ……ふむ。とはいえ、実際どうなんだ? 無茶で無謀だと断じてしまうのは、ちょいとばかし早計か?

 喜ぶかな? それで父が喜んでくれるというのならば、一考の余地はあるか……?





 next chapter:スカーレットさんとセルジャン面

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