第392話 アレク汁
トードのスープことユグドラ汁を美味しくいただいた後、僕とジスレアさんとユグドラシルさんの三人はテントの中へ入った。
食事を取らない大ネズミのモモちゃんは、夕食前に『じゃあ帰るわね? また明日!』と言って帰ってしまったので、三人だけだ。
食事も終わり、シャワーも浴びて、あとはもう寝るだけの僕達三人だが……その前に、ジスレアさんに聞いてほしいことがある。
今のうちに伝えておかねばならないこと、それは――
「ティッシュ?」
「そうです」
チートルーレットで獲得したポケットティッシュについて、今のうちに説明しておこう。
「これから旅をするにあたり、あったら便利な物だと思うんですよね。使う機会も
「またそれか……。お主はさっきから何を言っておるのじゃ?」
「変な意味じゃないんですよ……」
ユグドラ汁が美味しかったのも、ティッシュをみんなで消費するのも、決して変な意味じゃないのですよ……。
「……さておき、実際に出してみますね」
僕は自分のポケットに手を入れ、ティッシュをイメージしながら指でつまみ、引き抜いた。
「こんな感じです」
「すごい」
「あ、はい。ありがとうございます」
えらく端的な言葉で、ジスレアさんが褒めてくれた。
僕はちょっと気をよくしながら、出来たてのティッシュをジスレアさんに手渡す。
「薄いね。なんだか変わった紙」
「ちょっとした汚れなんかを拭くための、使い捨ての紙です」
興味深げにティッシュをわしわししているジスレアさんへ、簡単に説明をする。
「このティッシュは、かなり自由に生成できまして――」
「うむ。見ておれジスレア」
「あっ」
ユグドラシルさんが、おもむろに僕のポケットへ手を伸ばした。
そしてポケットの中でもぞもぞと手を動かしてから、引き抜いた。
気安いというか遠慮がないというか……。相変わらずユグドラシルさんは、僕のポケットへの接し方がフランクすぎるな。
「このように、わしでも引き抜くことができる」
「アレク以外の人でも……? 私でも?」
「うむ。できるはずじゃ。やってみるがよい」
「うん」
「あっ」
ユグドラシルさんの言葉に頷いて、ジスレアさんが僕のポケットに手を伸ばした。
おぉう……。なんだかすごくドキドキする。
ジスレアさんもユグドラシルさん同様、サラッとフランクに手を伸ばしてきたことは多少気になったが……それより何よりドキドキする。
今まで僕からティッシュを抜いたのは、自分以外だとユグドラシルさんとナナさんしかいなかった。ユグドラシルさんは幼女だし、ナナさんはほぼ娘だし、二人共あんまりドキドキする相手ではなかった。
しかしジスレアさんは違う。幼女でもないし、親兄弟でもない。普通に大人の女性だ。大人の美人女医さんだ。
そんなジスレアさんに手を突っ込まれ、どうにもこうにもドキドキする。否が応でもドキドキしてしまう。
「えーと……」
「イメージじゃ。ティッシュをつまむことをイメージするのじゃ」
「うん。……あ、出てきた」
「うむ。なかなか良いティッシュじゃ」
「ありがとうユグドラシル様」
ユグドラシルさんが丁寧にアドバイスしているのが、なんかちょっと面白い。
それはそうと僕から出たティッシュなのだから、僕にも多少は感謝してくれんだろうか?
「それでこのティッシュ、使い捨てだっけ?」
「そうです。一度使ったら捨ててください」
なにせティッシュだからね。そりゃあ使い捨てだ。
まぁこの世界だと、使い捨てってのはあんまりないのかな? そんなエコな世界の気もする。
「捨て方なのですが、僕のポケットに戻してくれたら、それで捨てられます」
「アレクのポケット?」
「うむ。見ておれジスレア」
「あっ」
ユグドラシルさんが手に持っていたティッシュを、僕のポケットにねじ込んだ。
……うん。説明してくれるのはありがたいんだけど、もうちょっと心の準備をさせてほしいかもしれない。
「これで、わしが持っていたティッシュはアレクが回収した」
「へぇ……。こう?」
「あっ」
ユグドラシルさんに習い、ジスレアさんも持っていたティッシュを僕のポケットにねじ込んだ。
だから、心の準備を……。
「えぇと……とりあえず、そんな感じです」
「うん。大体わかった」
「何よりです。――しかしですね、汚れたティッシュを人のポケットに突っ込むというのも、なかなか抵抗がありますよね」
というか、普通に僕だって抵抗がある。さすがにちょっとイヤかもしれない。
まぁ一応は問題がないといえばないんだけどね。
例えば鼻をかんだティッシュをポケットに入れた場合、鼻水だけがポケット内に残る――なんてこともなく、鼻水ごとティッシュはポケット内で消えてくれる。
だから一応は問題ないのだけど……でもあれは、鼻水も僕が吸収しているってことになるのかね? だとしたら、やっぱりちょっと抵抗があるよね……。
「そんなわけで、使ったティッシュは地面に捨てちゃってください。そのうち消えます」
「うん? 消える? どういうことじゃ?」
ユグドラシルさんが不思議そうに聞き返してきたが、それも無理はない。
このことは、つい最近発見されたばかりで、まだユグドラシルさんにも伝えていなかった新事実なのだ。
「ナナさんと検証してわかったのですが、地面にしばらく置いておくと、ティッシュは消失します」
時間的には一時間。ダンジョンメニューで計ったところ、きっかり一時間で消失した。
ことの始まりは、『ティッシュが自然環境へどのような悪影響を及ぼすか』という検証からだった。
自然界にティッシュが放出された場合、そのティッシュはどうなるのか。ずっと残るのか、あるいは土に帰ったりするのか。だとすると、それには何年かかるのか。
そのことが気になった僕とナナさんは、二人で検証を始めた。
そして――とりあえず地面に埋めてみた。
そんな実験を始めた翌日……ティッシュは消えていた。
どういうことかと再度実験を始め、今度は半日後に掘り起こしてみたのだけど……やっぱり消えていた。
それから僕とナナさんはさらに検証を進め――『ティッシュは地面に一時間触れていると消失する』という結果が得られた。
数ヶ月、あるいは数年単位で実験に挑むつもりが、ずいぶんあっさり結果が出たものだ。まさか一時間とは。
「消えるのか……?」
「なんかそういうものみたいです。床とかではダメで、地面限定。地面に置いておくと、いきなり消えます」
「ふむ……。それは例えば――こういうティッシュでもか?」
「あっ」
またしてもユグドラシルさんは僕のポケットへフランクに手を突っ込み、引き抜いた。
「えっと、なんですか……? あぁ、ウェットティッシュですか」
「これはどうなのじゃ? 普通のティッシュに比べ、そこそこ強度もありそうじゃが」
「ええはい。ウェットティッシュだろうが洗顔シートだろうがペーパータオルだろうが、なんでも一定時間で消えます」
「なるほどのう……」
「そういうわけでして、そこら辺に適当に放っても、森が汚れる心配もないです」
ありがたい仕様ではある。あるいはティッシュなら
やっぱり捨てるなら僕のポッケかと思いきや、地面に置いておくだけで消えてくれるのだから、そこそこありがたい。
「ウェットティッシュとは、なんだろう?」
「うん? あぁ、これのことじゃ」
つい先ほど初めてティッシュを見たばかりのジスレアさんは、当然ウェットティッシュもわからない。そんなジスレアさんに、ユグドラシルさんはウェットティッシュを手渡した。
「濡れてる」
「うむ」
「これは何? アレクの体液か何か?」
「…………」
と、突然とんでもないことを言い出すなジスレアさん……!
ビックリするわ……。いきなりなんだ。言うに事欠いて、僕の体液とは……。
え、あれなの? 僕の体液ってことは――
アレク
そう言いたいの? つまりは、アレク汁が染み込んだティッシュってこと……?
……それはやばいな。だいぶやばい。『アレク汁』と『ティッシュ』ってワードの組み合わせは、だいぶアウトな気がする。
「……たぶんそういうんじゃないですよ。元々濡れているティッシュなんです。別にアレクじ――僕の体液なんてことはないです」
「そうなんだ?」
「ジスレアさんもユグドラシルさんも『水魔法』で水を生み出すと思うんですけど、それと似たようなものかと」
「あぁそうか、そういう感じか」
なんて感じで、僕の説明にジスレアさんも納得してくれた。
まぁ、そのユグドラシルさんの水を『ユグドラ
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