第369話 アレク君十八歳、二年ぶり七回目
結局、夜遅くまで大富豪に興じてしまった。
最後のゲームだったはずが、後ろから見ていたユグドラシルさんにダメ出しをされてしまい、それに対して僕が――
『そこまで言うのなら、ユグドラシルさんもやりましょうよ』
そんな提案をしたのだ。
こうもけちょんけちょんに言われたら、僕だって黙っていられない。直接対決で、僕の本当の実力を知ってもらおう。
この提案を受け、ユグドラシルさんも席に座り――
『いいじゃろう。アレクにもわしの力を――世界樹とはどういうものかを見せてやろう』
なんて、ちょっと格好いいことを言いだした。案外ユグドラシルさんもノリがいい。
大富豪で世界樹というものを理解できるかは謎だが、ユグドラシルさんがそんなノリで来るのなら、僕も応えよう。『剣聖と賢者の息子にして、神々の寵児である、エルフの至宝』の本領を発揮しようじゃないか。
――こんな感じで、なんとなく大富豪の延長戦が始まり、楽しい夜は更けていった。
あえて延長戦の結果がどうなったかには触れないが、とりあえずみんなでゲームを続け、いい加減僕が寝落ちしそうになったところで、大富豪大会はお開きとなった。
その後、僕はユグドラシルさんとナナさんと大ネズミのモモちゃんに見守られながら、ベッドにて安らかな眠りについた。
――そして現在。
「んー……ん? 天界? うん、天界」
たぶん天界。いつもの会議室。
どうやら無事に着いたらしい。いつものように、いつの間にか天界へ転送されていた。
「いや、でも…………あ、ミコトさん」
「やぁアレク君」
ミコトさんだ。
――巫女服のミコトさんだ。
この姿を見るのは久々だ。この二年でミコトさんとはしょっちゅう会っていたけど、下界のミコトさんは村娘バージョンだった。天界の巫女さんバージョンは久々で、なんだか結構印象も変わる。
「さて、今回が二年ぶり七回目のチートルーレット、アレク君ももう十八歳だ」
「あぁはい、そうですね。なんだかんだで十八歳。なんだかんだで七回目です」
何気にミコトさんは毎回カウントしていて、毎回そのセリフを言っているような気がする。
「……それはそうとミコトさん」
「うん?」
「僕は今――どういう状態なのでしょう?」
「あぁ、えぇと……椅子に座ったディースに、後ろから抱きしめられているね」
「……なるほど」
何やら身動きが取れなくてどうしたものかと困っていたのだけど、やっぱりそういうことらしい。
天界へ到着すると、僕はすぐにこうやってディースさんに捕獲されてしまう。
だけど、さすがに今回は早いな。早すぎる。到着したと気付いたときには、すでに捕獲された後だった。
「……すんすん」
「…………」
耳をすませば、後ろからディースさんのすんすんという声が聞こえてくる。
再会を喜び、すんすん泣いている声――ではなく、僕の匂いをすんすん嗅いでいる声だ。
「まぁ許してやってくれ、ディースも寂しかったのだ」
「そうですか……」
「なにせ同僚の私が下界に降りてアレク君とともに冒険をしているというのに、ディースはそれを見ていることしかできなかったんだ。アレク君には言わなかったが、ディースも相当しょげていた」
「あぁ、やっぱりそうなんですね」
「心配を掛けまいとアレク君には伝えていなかったが、当然私はディースのことに気付いていた。別に私は天然ではないので」
「…………」
それはもしかして、ここへ来る前にナナさんが言っていたことかな?
こっそりナナさんがミコトさんを天然呼ばわりしていたところを、天界から見ていて気にしたのだろうか……。
「あ、それとミコトさん、もうひとつ気になることがあるのですが……」
「うん? 何かな?」
「あれはなんでしょう……?」
体は動かせないので、視線だけを送る。
僕の視線の先には――
「なんか、ベッドとかあるんですけど……」
いつもの会議室なのだけど、部屋の一角からはテーブルと椅子が撤去されており、そのスペースにはベッドが設置されていた。
あれは何……? 何故ベッドが……。
「うん。ディースが用意したんだ」
「それはそうなんでしょうけど……もしかして、僕用ですか?」
「まぁ、ちょっと泊まっていったらいいんじゃないかな?」
「…………」
待って。もしかしてそれもナナさんが言っていたやつじゃないの? 五億年のやつじゃないの?
「いや、さすがに五億年とは言わないさ。普通に一泊か二泊くらい、どうだろうか?」
「一泊か二泊ですか……」
んー。まぁそれくらいなら……。
よく見ると、ベッドの隣には小さい冷蔵庫やら電気ケトルやらの設備も増えている。それ以外にも、会議室には見慣れないドアが増えているし、僕が泊まるための準備を整えてくれた
あれを見ると、もうさすがに泊まらないわけにはいかないだろう。というか、なんだかちょっと楽しそうな雰囲気もある。
いやしかし、なんだってこの会議室に泊まらせようとするのか。どこか他の部屋を使えばいいだろうに、何故会議室を改造してまで……。
もはやここを会議室と呼んでいいのか謎だ。すみっこの一角だけはビジネスホテルっぽくなっているし、大きな真っ黒いチートルーレットはどーんとそびえ立っているしで、何やら妙にシュールな部屋となってしまっている……。
◇
「んー、天界なう」
とりあえずダンジョンメニューを開き、Dメールに『天界なう。今日は天界で一泊します』と打ち込んでみた。
まぁ天界での時間は一瞬なので、ナナさん達がこの文章に気付く頃、僕はすでに下界へ戻っているのだろうけど。
「……ふぅ。だいぶ補充できたわ」
「へ?」
「だいぶアレクちゃん分を補充できたわ。ありがとうアレクちゃん」
「あー……そうですか。えぇと、何よりです」
ここへ来てから小一時間ほど、僕はずっとディースさんにすんすんされていたのだけど、ようやくディースさんも落ち着いたらしい。
「久しぶりねアレクちゃん」
「はい、お久しぶりです」
小一時間経過して、ようやくの挨拶である。
「……あぁそれで、ディースさんにお渡ししたいものがありまして」
「あら、何かしら?」
「一応はお土産なんですかね。大した物でもないのですが」
僕はズボンのポケットをあさり、ある物を取り出した。
「――アレクハウスの鍵です」
「まぁまぁ。それを私に?」
「はい。親しい人やお世話になった人には渡しているので、ディースさんにも渡したらどうかなと……」
「嬉しいわ。その気持ちが嬉しいわアレクちゃん」
背後からにゅっと伸びてきた手が鍵を受け取ると、そのまま僕をぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。まぁ、喜んでくれたなら何よりだ。
「なるほど、なかなか粋なことをするじゃないかアレク君」
「ええまぁ……。といっても、実はナナさんが提案したことなんですけど」
ミコトさんからの称賛に、苦笑いでネタばらしをする僕。
最初にこれを言い出したのはナナさんだ。実際にはアレクハウスに来られないディースさんだけど、プレゼントしたらきっと喜ぶだろうって。僕はその案に乗っただけだったりする。
「ナナちゃんは本当に良い子ね。私はとても優しい孫をもったわ」
「孫……」
そういえばそんなことを言っていたな……。僕がディースさんの子供で、その僕の子供だからナナさんは孫だと……。
「あ、それでアレクちゃん、ナナちゃんが言っていた例の提案なのだけど……」
ディースさんがもじもじしながら話を切り出した。
もじもじするのもいいし、指でのの字を書くのもいいけれど、僕のお腹でのの字を書かないでほしい。くすぐったい。
「えぇと、天界に泊まる話ですか? ミコトさんにも言いましたが、一泊くらいなら別にまぁ……」
「そう? そうなのね? 嬉しいわ。もちろん一泊と言わず一週間と言わず一ヶ月と言わず、何年いてくれても構わないのだけど」
「何年もってのは……」
さすがにそれはちょっと……。
「まぁ一泊だけでも十分嬉しいわ。食事も用意するし、あの扉の向こうには浴室も用意したの。ベッドもあるわ。夜は仲良く一緒に寝ましょうね?」
「……え?」
え、一緒に寝るの?
えっと、それは……なんだろう。僕はどういう感情を抱いたらいいのだろう。
ディースさんも、見た目だけでいえば神がかったスタイルの美女なわけで、そんな人と一緒に寝るだなんて、そりゃあ僕だって平静ではいられない。
でもディースさんは母を自称していて、僕を息子として見ているわけで……。そんな人に対して僕は……。うーん……。
「なんだか楽しそうだな……。私もここで寝ようかな」
「え?」
ミコトさんも寝るの?
あ、うん。ミコトさんは普通にドキドキする。普通に真っ当にドキドキしてしまう。
「ミコトは、またそうやってアレクちゃんを誘惑して……」
「ゆ、誘惑? なんだそれは。急に何を言い出すんだディース」
まぁあんまりそういうことを考える人ではないよね。
というか、またとは?
「下界でもミコトは、アレクちゃんをいやらしく誘惑していたでしょう?」
「し、してない!」
僕もそんな誘惑をされた記憶はない。
記憶にはないけれど…………もしかしてそんなことがあったの? 残念ながら僕が気付けなかっただけで、実はそんなドキドキ展開が? え、そうなの?
「アレクちゃんと一緒にアレクルームへ行って、『お願いがあるんだ』なんて言いつつ、アレクちゃんを誘惑――」
「あああああ!」
「おぉ。なんだアレク君、どうしたんだ」
違う! それは誘惑とかじゃない! 僕が変な妄想をして、勝手にドキドキしていただけのやつだ!
やめて! その話をミコトさんに伝えるのだけはやめて!
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