第333話 敗走
なんやかんや話が脱線しつつも、
今もジスレアさんが、一生懸命ケイトさんを説得している最中だ。
「
「んー……」
「人族にアレクの顔は危険。見せてはいけないもの」
そんなことを力強く断言するジスレアさん。
……そんなことを力強く断言されても、僕としてはなんだか微妙な気持ちになるのだけど。
「アレクの顔を見た人族が一人いたけれど――彼は石になった」
「い、石に……?」
いや、石のようにね……。たぶんカークおじさんのことだと思うけど、石のように固まっただけで、石化はしていない。どっかの神話に出てくる怪物じゃないんだから……。
「というか、もしそれが本当だとして、そんな危険な人物を町に入れたらダメでしょうに」
「ん……」
ケイトさんの正論に、ジスレアさんが少し
「でも、そのための覆面」
「そのための……。じゃあ、ずっと覆面を付けたままなの?」
「町を歩くときは基本的にそうなる。安心してほしい」
「それはそれで安心できないでしょ、そんな覆面の人が町を
「ん……」
ケイトさんの言っていることが正論すぎてつらい。
うーむ……。なんだかジスレアさんが押されている雰囲気だ。
どうしたものか。このままだと、町に入れない可能性も出てきた。
「なんとかなりませんかね……?」
「覆面をどうにかしない限り、町へは入れられないわ」
「覆面ですか……」
「そもそも顔を隠すだけなら、他にも方法はあるでしょう?」
それはまぁ、確かにそんな気もする。
ジスレアさんは『それ以外なかった』と言うが、たぶん他にも方法はあると思う。
とはいえ、ジスレアさんが頑張って作ってくれた物だし、せめて冬の間は覆面で通そうかと思っていたのだけど……。
……夏は無理だな。さすがに夏になったら、別の手段を考えたい。
「とにかく、今の状況では入れられないわ」
「むぅ……」
このままだと、本当に検問を突破できずに終わってしまいそうだ……。
困った。どうしよう。どうしたらいいんだ。
何か方法はないものか。どうにかこの状況を打破する方法は、何かないのか――
◇
「無理でした」
「無理か……」
「残念ながら、ラフトの町には入れてもらえませんでした」
「それは、残念だったなぁ……」
検問の突破に失敗した僕とジスレアさんは、カーク村まで戻ってきた。
――敗走である。僕達は為す術もなくラフトの町から敗走し、カーク村のカークおじさん宅に帰還した。
そして今は、カークおじさんに愚痴を聞いてもらっている最中だ。
「もう少しで通過できそうだった」
「そうなのか?」
そうでもなかった気がするけど……。
ジスレアさんは始終押されっぱなしだったし、結構無理めな雰囲気が漂っていた。
「もう少しだったのに、アレクがケイトを怒らせた」
「んん? 門番を怒らせたのか?」
あぁ……。まぁね、確かにちょっとね……。
僕もどうにかケイトさんを説得しようと試みたのだけど、少し失敗してしまったのだ。
「アレクは何をしたんだ?」
「
「アレク……」
さすがのカークおじさんも、これには呆れ顔。生暖かい視線を僕に送ってきた。
「他に方法が思い浮かばなくて……」
「だからってアレク、賄賂はないだろ……」
「ええはい、わかっています……。わかってはいたのですが、どうにかしなければと焦ってしまい……」
焦った結果――金で解決しようとしてしまった。
あれほどユグドラシルさんからダメだと言われていた、『金で解決』である。
結果的にはこれが完全に裏目で、職務に忠実で真面目な門番のケイトさんを怒らせてしまった。
獣耳を前に立て、プンプンしていた。
「……とはいえ、あれがなくても厳しそうな感じでしたけどね」
「まぁ、やっぱり覆面はなぁ……」
「そのようです」
この覆面をどうにかしない限り、町への進入は難しそうだ。きっとケイトさんの防御網を突破できないだろう。
「というわけで、とりあえずカーク村まで戻ってきました」
「そうだな、戻ってきたな。……大体一ヶ月ぶりか?」
「そのくらいですね。お久しぶりですカークおじさん」
「まぁ久しぶりといえば久しぶりか……。再会は二年後だと思っていたから、あまり久しぶりって感じもしないが……」
カークおじさんには『また二年後に!』と、何度も何度も繰り返し伝えていたからなぁ。そう思うのも無理はない……。
「二人が家の前で待っているのを見たときは、本当に驚いた」
「そんな雰囲気でしたね……」
カーク村に到着後、ひとまず僕達はカークおじさん宅に向かったのだが、残念ながらカークおじさんは留守だった。
それでしばらく家の前で待っていたのだけど、戻ってきたカークおじさんは、僕達を見て大層驚いていた。……二度見もされた。
「それで、二人ともこれからどうするんだ?」
「できたら泊めてほしい」
「ん? あぁ、それはもちろん構わないが」
「ありがとう。明日には出発する」
「いや、そんなに急がなくてもいいさ。二、三日ゆっくりしていっても構わない」
「ありがとう。そうなるかもしれない」
「お、おう……」
カークおじさん宅は、なんだか妙に居心地がいいからな……。ジスレアさんの言うように、またしてもだらだらと長居してしまう予感がする。
「それはいいんだが、その後のことだ。ラフトの町へ入れなくて、これからどうするんだ?」
「ふむ、これからですか」
うん。もちろんそれは考えてある。
さすがに僕もジスレアさんも、なんとなくでカーク村まで二週間も敗走してきたわけではない。
「ジスレアさんとも相談したのですが――いったんメイユ村に戻ろうと思います」
二人で話し合ってそう決めた。
やはり問題は僕の覆面姿だ。ラフトの町だけでなく、他の村々でも僕の覆面姿はいろいろと問題になって、騒動になりかけていた気がする。
僕が覆面をかぶり続ける限り、この問題はずっと付きまとうことだろう。
そのことも踏まえ、いったんメイユ村に戻り、作戦を練り直すことにしたのだ。
「村に戻って、ちょっと考えようと思います。やはり覆面姿では、どうしても警戒されてしまいますからね。もう少し周りの人達に不安を与えないような対策を講じたいと思います」
「…………」
「あ、いえ、僕の顔を隠すという意味では、この上ない名案だったとは思いますが」
覆面考案者であるジスレアさんがしょんぼりしてしまったので、僕は慌ててフォローした。
「……私も、少し別の角度で対策を考えようと思う」
「別の角度……?」
「別の角度」
「えっと……そうですか、ありがとうございますジスレアさん」
「うん」
なんだろう。何をするつもりなんだろう。なんか微妙に不安なんだけど、大丈夫かな……。
「とにかくそういうわけでして、今回の旅はここまでのようです」
「そうか、ここまでか……」
「はい、ここまでです。これで旅は終了。今回の旅は……まぁそうですね、成功と言っていいでしょう」
「そうか、今回は残念……え?」
「はい?」
「成功? 成功なのか?」
「成功でしょう?」
何故かカークおじさんは不思議そうな顔をしているが、むしろ大成功と言ってもいいくらいではないだろうか?
確かにラフトの町には入れず、敗走することにはなったが、それでも一応は町にたどり着くことができたし、人族の村もたくさん回れた。そんな充実した二ヶ月の旅であった。
――なんといっても二ヶ月だ。二ヶ月間旅を続けたのだ。最長記録更新である。
僕的には、大満足で大成功な第四回世界旅行だったと認識している。
次の第五回世界旅行も、是非ともこの調子でいきたいものだね。
next chapter:総集編5
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