第313話 『パリイ』VS世界樹


 僕の父は、女性へ現金を渡すことに異常な興奮を覚える人だったらしい。


 なかなか衝撃の事実ではあるが、とりあえず父もジスレアさんへお金を渡したいそうなので、今回は協力することができそうだ。


「それじゃあ二人で協力して、どうしたらジスレアさんに大金を受け取ってもらえるか考えよう」


「えぇ……」


 とはいえ、これは結構な難題だぞ?

 普段から、少額の治療費すら受け取るのを遠慮しがちなジスレアさんだ。高額の報酬を渡すのは、なかなかに骨が折れる作業だろう。


 うん、骨が折れる。きっと骨が折れる作業だ。

 何しろジスレアさんは――骨が折れても少額の治療費で治してくれるような人なのだから。


 などと、上手いんだか上手くないんだか、よくわからないことを僕が考えていると――


「おーい」


「おや?」


 緑色っぽい人が、こちらへ向かって歩いてきた。


「こんにちはユグドラシルさん、お久しぶりです」


「うむ」


 ユグドラシルさんだ。会うのはかれこれ一ヶ月ぶりとなる、ユグドラシルさんが現れた。


「昨日お主の知らせを受けてな。さっそく来たのじゃ」


「それはそれは、わざわざありがとうございます」


「うむ。昨日はもう遅い時間だったので今日にしたのじゃが、今日は今日で、少し早く来すぎたようじゃな。すまぬ」


「いえいえ、来ていただいて嬉しいです」


 ありがたいことだ。こちらの都合も考えつつ、すぐに駆けつけてくれたユグドラシルさんには感謝である。

 忙しい合間を縫って――というわけでもなく、話を聞く限り、昨日も今日もわりと暇だったっぽい雰囲気ではあるけれど……とりあえずは感謝だ。


「それで、なんじゃ? 訓練をしておったのか?」


「ええはい、アレクと一緒に剣の稽古をしていました。実は今回の旅で、アレクは『パリイ』というスキルアーツを手に入れたようでして、これがなかなかに優秀なアーツなんです」


「ほう? 『パリイ』とな?」


「攻撃を受け流すことができるのですが、いやはやこれがですね――」


 父がユグドラシルさんに、僕の『パリイ』が如何に優れているかを力説し始めた。なんかちょっと照れる。


「――よし。わしにもやってみせよ」


「え、ユグドラシルさんにですか……? いえ、それは別に構いませんが……」


「ではそうじゃな……うむ、今からお主に対して拳を繰り出そうと思う」


「……ユグドラシルさんの手を『パリイ』するんですか?」


 それは……少し躊躇ちゅうちょしてしまうな。

 見た目だけならユグドラシルさんは幼女なわけで、そんな幼女の手を剣で『パリイ』するのは、かなり抵抗がある。


 そりゃあ実際には常勝不敗のユグドラシルさんだし、僕程度じゃかすり傷ひとつ付けられないはずだが、どうにもそれは……。


「安心せい。万が一にもお主を傷付けるような真似はせん」


「はぁ……」


 むしろユグドラシルさんの方から、安心するように諭されてしまった。

 ……まぁそうだよね。立場的にはまるっきり逆だ。僕がユグドラシルさんを気遣うなんて、おこがましいって話だ。


「じゃあまぁ、やりますか」


「うむ」


 それでも微妙に気は進まないが、ユグドラシルさんが見たいというなら協力しよう。

 剣が顔とかにいかないよう、一応そこだけは気を付けておこうか。


「では、いくぞ?」


「はい」


 少し距離をとってから、僕とユグドラシルさんは正対した。

 よし……。それじゃあしっかり動きを見て、適切にパリイを――


「あ、そういえば普通の『パリイ』の他に、『光る――』」


 『光るパリイ』なんてのもありますけど、どうしますか?


 ――冗談混じりにそんな軽口を叩こうとしたところ、すでにユグドラシルさんは僕に向かって突っ込んできていた。

 というか、飛び掛かってきていた。跳躍していた。


「『――パリイィィィィ』!!」


「おぉぉ!」


 あ、焦った……。気付いたら目の前に、拳を突き出そうとするユグドラシルさんが出現していた。

 なんか軽くジャンプしていたし、もしかしたらスーパーマンパンチだったのかもしれない。あんまりよく見えなかったけど……。


 僕ときたら完全に油断していて、剣も構えていない状態だった。

 だらりと腕を下ろした状態から『パリイ』を放ったので、下からすくい上げる形になった。


 それでまぁ、その結果――――ユグドラシルさんは天高く打ち上げられた。


「うわぁ……。すごい飛んでる……」


 十メートル以上は飛んでいるだろうか……。


 剣でユグドラシルさんを十メートル打ち上げるなんて僕にはできないので、これも『パリイ』の成果なのだろう。

 どうやらユグドラシルさんのスーパーマンパンチを上方向に受け流した結果、上空へ吹っ飛んでいったらしい。


 何やら完全に垂直方向へ飛んでいるし、これはもう受け流すとかいうレベルじゃなくなっている気がしないでもないが……。

 というか受け流したら垂直に十メートル飛ぶって、どんだけの勢いで僕を殴ろうとしたんだユグドラシルさん……。


「あ、落ちてきた」


 ぼんやり眺めながらいろいろ考えているうちに、ユグドラシルさんは地上に降りてきた。


 ――体に苔を生やして降りてきた。


「おぉぉ……。なんじゃこれは……」


「あー……」


 『光るパリイ』って発声しちゃったからなぁ……。

 正確には『光る――』『――パリイィィィィ』だったけど、それでも『光るパリイ』だと判断されたらしい。

 そんな感じで『光るパリイ』のことを考えながら、『光るパリイ』と発声しつつ、剣で受け流したのだから、そりゃあ『光るパリイ』が発動するわな……。


 その結果、ユグドラシルさんは光る苔まみれになってしまい、大層困惑している。


「これはなんじゃアレク……。何をした……」


「…………」


 いや、どうなんだろう……。さすがに今回僕は悪くないと思うんだけど、どうなんだろう……。



 ◇



 天高く打ち上げられたユグドラシルさんだが、どうやら完全に『パリイ』で受け流せたわけではないらしい。


 ユグドラシルさんの話によると、このまま進むと僕が大変なことになりそうだと判断して、自分から『パリイ』に従ったとのことだ。

 つまりユグドラシルさんは、半ば自分から打ち上がったらしい。まだまだ僕の『パリイ』でユグドラシルさんのスーパーマンパンチを受け流すには、修練不足なようだ。


 その辺り、きちんと気をつけてくれたユグドラシルさんには感謝だが……とんでもない威力の拳を僕に向けて放ったことは事実であり、それはどうなんだと思わなくもない。


 ――さておき、そんな慌ただしい早朝訓練も終わり、ユグドラシルさんも加えたみんなで朝食を取ってから、僕はユグドラシルさんと一緒に自室へ戻ってきた。


「でじゃ、戻ってきたのじゃな」


「あ、はい。三日前に戻ってきました」


 よく考えたら、その辺りの挨拶もまだだったか。

 何やらいきなり『パリイ』する流れになってしまったからな。


「旅の日数的には、一ヶ月ほどか?」


「そうですね、一ヶ月ほど旅をしてきました」


「お主が旅をする期間は、二年じゃと思っていたのじゃが……?」


「ええまぁ……」


 もちろんそうだとも……。なんかいろいろあって、またしても期間を大幅に短縮して帰ってきちゃったけど、二年間旅をする予定なのは間違いない。


「それで、どうしてこうなったのじゃ? 帰ってきた理由とはなんじゃ?」


「あぁ、それはその……。えっと……」


「うん?」


「なんと言いますか、僕の顔が……あまりに格好良すぎて……」


「…………」


 僕の言葉を聞いたユグドラシルさんは、口をもにゅもにゅさせながら押し黙った。

 そんな顔をされても、それが事実なんだから仕方ないじゃないか……。


「なんか驚かせちゃうらしくて……」


「まぁ、わからんではないが……とはいえ、顔なんぞどうしようもないじゃろ、どうするのじゃ?」


「ジスレアさんがどうにかしてくれるらしいです」


「どうにか……?」


 実際どうするのかは、僕も知らない。


「……まぁよい。とにかくよく戻ってきた。お疲れじゃったなアレク。――あ、うむ。お疲れ様でしたー」


「あぁはい。お疲れ様でしたー」


 『お疲れじゃったな』と言った後で、ふと思い出したのだろう。二人でハイタッチを交わしてから、いつもの挨拶も交わした。


「でじゃ、これを受け取れ」


「はぁ……」


 ユグドラシルさんは、いそいそと布の袋からある物を取り出し、僕に手渡してくれた。

 ――世界樹の枝だ。


「あの、これは……」


「一応旅から戻ってきたわけで、そのお祝いとして……」


「はぁ……。いえ、僕としてはありがたいです。ありがたいですが……」


 旅から戻ってきたら、お祝いに世界樹の枝を渡す。――そう決めているらしいユグドラシルさんから、またしても枝を貰ってしまった。


 だけど、貰っちゃっていいのかな……。

 前回は一日の旅で枝を貰い、今回は一ヶ月の旅で枝を貰い……。


 このシステムを悪用すれば、もう僕は無限に世界樹の枝を量産できてしまうのだけど……。





 next chapter:『パリイ』VSボア

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