第278話 木工シリーズ第六十四弾『トランプ』


「キー」


「えぇ……」


 大ネズミのモモちゃんが、自分のチップ全てを、ずずずいっと前に押し出した。――オールインらしい。


 そんなに自信があるの……? どうなんだろう……。

 モモちゃんの顔を見ても、表情が全然読めない。普段は顔を見ただけで考えていることが大体わかるのに、ポーカー中は全然わからない……。


 いやけど、ここはもう受けるしかないよね……。


「こ、コール」


「ほうほう。熱くなってきたのう」


「そうですね……」


 すでに降りていたユグドラシルさんに、なんとか言葉を返す僕。


 確かに熱い展開ではある。

 僕のハンドはフラッシュ。たぶん大丈夫。大丈夫なはずだ。たぶんきっと勝てるはず……!


 さぁ、運命のショウダウン――!


「うむ、アレクはフラッシュ! モモは――ストレートフラッシュ!」


「うせやん」


 驚愕きょうがくする僕をよそ目に、モモちゃんは無表情で僕のチップを全て奪っていった……。


「これでアレクは敗退じゃな」


「はい……」


「ではモモ、わしと決戦じゃ」


「キー」


 とまぁこんな感じで、僕とユグドラシルさんとモモちゃんの三人はポーカーを楽しんでいた。

 ……まぁ敗退が決定した僕はゲームに参加できず、二人のプレイをぼんやりと眺めるのみだが。


 しかし二人とも強いな。僕のチップは二人にサクサクと搾取さくしゅされてしまった。

 プレイ前モモちゃんには、『こういうゲームをするときは本気で向かってきてほしい』などと接待ポーカー禁止を命じたのだけど、よもやここまでボコボコにされるとは……。


 さっきのゲームも、そりゃあストレートフラッシュなんて出された日には負けるのも仕方ないって、そう言えそうではあるけど……やっぱりそれまでの流れだよね。

 なんだか上手く操られたような気がする。僕が引き返せなくなるところまでチップを吐き出させて、最終的に全て持っていってしまった。モモちゃん……おそろしい子。


 そんなモモちゃんだが、今はユグドラシルさんとの最終決戦に挑んでいる。

 はたから見てても、何やら緊張感とか緊迫感が凄い。非常に高度な心理戦が壮絶に繰り広げられている。

 この戦いと比べれば、先ほどまでのゲームなど児戯じぎに等しいだろう。そう思えるほどだ。


 ……うん。僕としては、なんかちょっと複雑な気分。



 ◇



 なんやかんやあって、結局ユグドラシルさんが勝利した。おめでとうユグドラシルさん。


 残念ながら敗れてしまったモモちゃんだが、今は楽しそうにトランプタワーを作っている。ポーカーをしていたときとは、別人のように穏やかだ。


「しかし、このトランプはよく出来ておるのう」


「ありがとうございます」


 先ほどのポーカーや現在タワー作成に使われているトランプは僕が作った物で、木工シリーズ第六十四弾『トランプ』となっている。


 カンナニス製法――薄いかんなくずに『ニス塗布』をかけて作った物なのだけど、上手くニスを調整して、プラスチック製トランプっぽい質感に仕上げることができた。

 おまけにニスはリアル系ニスを用いており、絵柄のデザインもバッチリだ。


 以前ミコトさんとトランプの話をしていて思い付いたニス製トランプだが、大変良い物が出来たと自負している。


「特にこのカードは良いのう」


「えぇと、そうですねぇ……」


 ユグドラシルさんが手に持っているのは、ジョーカーのカード。

 そしてそのジョーカーの絵柄には――ユグドラシルさんを起用させてもらっている。


 つまりユグドラシルさんは、自分が描かれたカードを手に持って『このカードは良い』と絶賛しているのだ。

 いや、なかなかだな。なかなかの発言だなユグドラシルさん。


「まぁ子供の姿をしているのは、少し気になるが」


「はぁ」


 いかんせん僕は、子供バージョンのユグドラシルさんしか知らないもので……。


「それでも良いカードじゃと思う。良い出来じゃ」


「ありがとうございます。とりあえずユグドラシルさんに喜んでいただけて何よりです。……僕の方はちょっと恥ずかしかったりするんですけど」


「む? お主のカードか? よく出来ていると思うが」


 そう言いながらユグドラシルさんが、ジャックのカードを見た。

 ジャックの絵柄は――僕。


 キングとクイーンを父と母にしたのだけど、その流れでジャック役は僕になってしまったのだ。……なんかちょっと恥ずかしい。

 なんというか、そもそも自分をモデルに自分でカードを作るって行為自体が、そこはかとなく恥ずかしいよね……。


「ところで、これは売らんのか?」


「トランプですか? んー、まぁ普通に紙で作った物とかなら、作って売れると思いますが」


「ふむ。紙か」


「はい。紙に絵と数字を書いて、あとは遊び方を記載したメモなんぞを同封しておけば……」


 売れるはずだ。それはもう売れるはずだ。爆発的なヒットになるだろう。


「紙製でもいいのじゃが、こっちのニスの方は売らんのか?」


「え、僕のニスで作ったトランプですか?」


「うむ」


「えぇ……。絶対イヤですよ、これとか僕しか作れないですし……」


 僕と同じリアル系『ニス塗布』の使い手じゃないと作れない。最低でも『ニス塗布』がないと作れない代物だろう。……そのくせ、需要はきっと恐ろしく高い。

 そんな物を世界に向けて販売するとか、狂気の沙汰だ。死んでしまう。


「ふーむ。そうか、売らんのか……」


 うん? この反応は……もしかしてユグドラシルさん、欲しいのかな?


「あー、もうワンセット作るくらいなら大丈夫ですけど? よければプレゼントしますよ?」


「む、よいのか?」


「はい。日頃ユグドラシルさんにはお世話になっていますし」


 ……まぁ、実は結構大変なんだけどね。リアル系『ニス塗布』は燃費悪いし。

 別に『ニス塗布』だけでも作れるとは思うけど、どうもユグドラシルさんが求めているのはリアル系ニストランプっぽいし……。


「そうか、すまんアレク。ありがとう」


「いえいえ」


「大変じゃろうから、わしのカードだけでよいぞ?」


「あれ?」


 別にトランプが欲しいわけでもなく、自分のカードが欲しかったらしい……。

 いやまぁ、それならそれで僕としても楽でいいんだけど……。


 それじゃあ、もうちょっとデザインとか凝ってみようかな?

 格好良いトレーディングカードっぽく仕上げて、それでプレゼントしてみようか。


「あ、プレゼントといえば――」


「うん?」


「僕もモモちゃんも、ユグドラシルさんからプレゼントをいただいたようなのですが」


「ん? わしがか? なんの話じゃ?」


「あれです、例の贈り物――『神樹様からの贈り物』のことです」


 なんかユグドラシルさんが生まれてきた子に能力値をくれるという、例のあれ。

 少し気になっていたユグドラシルさんの逸話いつわについて、この機会に直接本人に聞いてしまおう。


「神樹様の贈り物?」


「はい」


「なんじゃそれは?」


「……あれ?」





 next chapter:教会のやみ

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