第266話 ヘズラト・ヘズラト・ヘズラト・リンゴ・モモ・イチゴ・モモ・レモン・アレアリ・ダモクレス・ラタトスク・トラウィスティア・フルフル・フリードリッヒ・ヴァインシュタイン二世


「ん? 開いてるよー」


 自室にてぼんやりしていると、ノックの音が聞こえてきた。

 僕が返事をすると――


「おーす」


「あぁ、こんにちはディアナちゃん」


 ルクミーヌ村の幼馴染、ディアナちゃん十四歳がやってきた。


 ……何やら人物紹介っぽい説明文になってしまったが、『十四歳』ってのは、少し重要なポイントだ。

 あと三ヶ月でディアナちゃんは誕生日を迎え、十五歳になる。そうしたら僕も、いよいよ世界旅行へ出発しなければならないのだ。


 ……そして、そのことをみんなに説明しなければいけない。それを思うと、今から少し気が重い。

 ディアナちゃんやレリーナちゃんは、果たしてどんな反応を示すのだろう……。

 特にレリーナちゃんとか、レリーナちゃんとか、レリーナちゃんとか……。


「アレクにちょっと聞きたいんだけど――アレク?」


「あ、うん、何かな?」


「なんか突然思い詰めたような顔してたけど?」


「……そんな顔してた?」


 まぁねぇ……。やっぱりそんな顔もしちゃうよね。本当にどう説明したものか……。

 というかディアナちゃんはどうなんだろう? 案外ディアナちゃんもディアナちゃんで、『ずるいずるいずるいー』って暴れたりするのかな?


「んー、まぁいいや。それで、ちょっとアレクに聞きたいんだけど」


「……うん。何かな?」


 人が思い詰めたような顔をしているのに、『まぁいいや』なのか……。

 別に問い詰められたいわけでもないし、まぁいいんだけどさ……。


「なんかね、アレクが『召喚』スキルを覚えたって聞いたから」


「あ、そうなんだ? ちなみに誰から聞いたのかな?」


「誰から? えぇと、レリーナとかお母さんとか、いろいろ」


「ふむ」


 最近僕やナナさんが頻繁ひんぱんに大ネズミのフリードリッヒ君を連れ歩いているせいか、あっという間に『召喚』スキルのことが広まってしまった。


 それで困るわけでもないし、なんだかんだ目立っているので仕方ないとは思うんだけど、人のスキル事情をそこまで広めるのはどうなのか。

 そういうのは話さないのがマナーだと聞いたぞ? その辺り、どうなっているのだ?


「で、その大ネズミ? 今いんの? 出せる? 見たい」


「大丈夫だよ? じゃあちょっと召喚するね?」


「おー、ありがと」


「『召喚:大ネズミ』」


「キー」


 いつものように下から登場したフリードリッヒ君は、ディアナちゃんを確認してからペコリと頭を下げた。

 最近はこういった『大ネズミ見たいなー』というリクエストに応える形で召喚されることも多いフリードリッヒ君。その際は、毎回丁寧に挨拶をこなしてくれる。


「おー、ネズミだ。なんか妙に礼儀正しいネズミだ」


「うん。とても礼儀正しくて、空気が読める子なんだ」


「なんか野生のネズミに比べて、毛艶が良い気がする」


 そう言ってフリードリッヒ君のほっぺた辺りをモサモサと撫でるディアナちゃん。フリードリッヒ君はされるがままだ。相変わらずディアナちゃんは自由だねぇ。


「っていうか、服着てるんだね」


「うん」


「これは何? 元から?」


「いや、母に作ってもらったんだ」


 ディアナちゃんの言う通り、フリードリッヒ君は服を着ている。

 母にお願いして、フリードリッヒ君にあったサイズの物を一から作ってもらったのだ。


 これによりフリードリッヒ君は――待機中も活動中も全裸ではなくなったのである。


「やっぱり真っ裸の大ネズミだと、普通のモンスターと間違われちゃうかもしれないでしょ? 服でも着てたら、その危険も少しは減るかなって」


「へー」


「目の色も違うし、モンスターっぽい雰囲気もしないし、大丈夫だとは思うんだけどね」


「目? あ、ほんとだ、青い」


 基本的にモンスターの目は赤く光っているものなのだけど、フリードリッヒ君の目は青い。それに僕のなんちゃって『索敵』スキルで感じる気配も、あんまりモンスターっぽい感じがしない。

 だからまぁ、そこまで神経質になることもないとは思うのだけど、念には念を入れる的な感じで。


「なるほどなー。そんでこの子、名前は?」


「名前、名前か……。ちょっと待って、今思い出すから」


「思い出す?」


「えぇと、確か今の名前は――『ヘズラト・ヘズラト・ヘズラト・リンゴ・モモ・イチゴ・レモン・アレアリ・ダモクレス・ラタトスク・トラウィスティア・フルフル・フリードリッヒ・ヴァインシュタイン二世』」


 たぶんそんな名前。もうだいぶ長くなりすぎて、あっているかどうか、あんまり自信がない。


「……長いね」


「そうね」


「いろいろ気になる部分はあるけど……とりあえず『ヘズラト』はなんなの?」


「ヘズラトか……。最初の方で付けた名前なんだけどね、何故かレリーナちゃんが喜んで、『私もそれがいい』って」


 よくわからないのだけど、レリーナちゃんに名前を教えたところ――


『ヘズラト!? 私とお兄ちゃんとの思い出が詰まった名前だね!?』


 などと言い出して、その結果『ヘズラト』の名前が増えた。

 ちなみにレリーナちゃんは、『トラウィスティア』って名前も喜んでいた。


「あー、そういえばレリーナも名付けたとか言ってたっけ?」


「それでヘズラトが二つになったんだけど……ジスレアさんも、『ヘズラトが人気なの? じゃあ、私もそれで』ってな具合で」


 そんな感じで、先頭にヘズラトが三つ続くことになったのだ。


「そうなんだ……。いや、よくわかんないけど」


「うん。僕もよくわかんない……」


 何故こうなってしまったのだろう。何故こんなに長くなってしまったのだろう……。

 ナナさんのフルネームも大層長いけれど、すでにナナさんを超えてしまった。正直これ以上は僕も覚えられそうにない。


「とりあえずアタシも付けたほうがいいのかな?」


「えぇと、まぁ付けてくれたらフリードリッヒ君も喜ぶと思う……かな」


 とは言ったものの、実際どうなんだろう……。

 自分の名前が無制限に長くなっていくこの現状を、果たして本当に喜んでいるのだろうか……。


「キー」


「ん?」


「『是非よろしくお願いします』って言ってるね……」


 フリードリッヒ君……。

 なんかここでも空気を読んだ感を、バシバシ感じる……。


「そっかそっか。じゃあアタシはどうしようかな? んー……『もも』がいいかな?」


「モモ?」


 そうか、モモか。どうやらディアナちゃんは、果物シリーズで攻めるようだ。

 これで名前の中に、二つ目のモモが――


「うん。もも肉で」


「…………」


「…………」


 さすがのフリードリッヒ君も、これには絶句である。


 やめるんだディアナちゃん。フリードリッヒ君を食材扱いするのはやめるんだ。





 next chapter:ラブコメ回6

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