第256話 アレク君十六歳、二年ぶり六回目


「ん?」


 おぉ、着いた着いた。いつもの会議室だ。ちゃんとミコトさんとディースさんもいる。


 どうやら僕は、無事に天界へと転送されたらしい。

 たぶんだけど、布団に入ってすぐなんじゃないかな? すぐ眠りにつけたと思う。この分なら、きっとユグドラシルさんも僕の昇天シーンをしっかり見届けられたはずだ。


「お久しぶりですミコトさん、ディースさん」


「久しぶりアレク君」


「久しぶりねアレクちゃん」


 ひとまず僕が二人に挨拶をすると、ディースさんが両手をバッと広げた。

 ……なんだろう、そこへ飛び込めというのだろうか。


「えぇと、少し待ってください。とりあえずメッセージを送りたいので」


「あぁ、ナナちゃんに言っていたことね」


「はい。ちょっとした実験をしようかと思いまして――『ダンジョンメニュー』」


 僕はダンジョンメニューを開き、ダンジョン名を変更し始めた。

 いわゆる、『ダンジョンのメニュー式メッセージ通信』である。これにより、ナナさんにメッセージを送る。


 ちなみに変更前のダンジョン名は、『悪いねナナさん僕の勝ちだそうですかおめでとうございますダンジョン』だった。

 この文章を一旦消去して、僕は新たに――『天界なう』と打ち込んだ。これで現在のダンジョン名は、『天界なうダンジョン』だ。


「『なう』って、もう死語よアレクちゃん」


「えっ」


 そうなのか……。知らなかった。僕の死後十六年で、なうは死語になってしまったのか……。


 まぁいいや。地球では死語かもしれないけど、今の世界では最先端だ。


「あれ? というかディースさんは僕のメニューが見えるんですね」


「そりゃあ神ですもの」


 まぁそうか、なんせ神だしな。

 といっても、現地の神であるユグドラシルさんは見えないらしいけど。


「とにかくそういうわけでして、今僕がダンジョン名をころころ変えてみたら、いったいどんな感じになるのかなって、そんな実験です」


 ナナさんにはメニューを見続けてもらうようお願いしてある。

 どうなるかな。果たして無事にメッセージのやり取りはできるのだろうか?


 数回は変えるつもりなので、もしも通じるのなら、これで天界と下界での時間の流れ方なんかもわかるはずだ。

 こちらとあちらとでは時間の流れも違うらしいので、その辺りの検証も…………あれ?


「というか、今聞いたらいいですよね」


「何をかしら?」


「いえ、天界と下界でどう時間の流れが違うのか、直接お二人に聞いたらいいかなって」


 チートルーレットで当たった景品の詳細とかは全然教えてくれない二人だが、これは普通に聞いたら教えてくれるんじゃない?


「あ、それとユグドラシルさんが気にしていた、転送時の僕がどうなっているかってのも、お二人に聞けばよかったですね」


「んー……。でも、それらに答えるのは止めておきましょう」


「あれ? もしかしてこれも話せないことなんですか?」


「そういうわけでもないのだけど、せっかくみんなが楽しそうに考察や実験をしているのに、ネタバレしちゃうのも野暮やぼじゃない? だから言わないことにするわ」


「あー……」


 まぁ、確かにそうかもしれない。

 なんだったら、別にわからなくてもいいことなんだ。絶対に正解が知りたいってわけでもない。

 いろいろ調べているのも結構楽しかったりするし、だったらまぁ、教えてもらわなくてもいいかな。


「そうですか。なんというか、お気遣いありがとうございます」


「いいのよ。それじゃあメッセージも終わったことでアレクちゃん――さぁ」


「…………」


 ディースさんは、両手を大きく広げたままだった。


「……すまないアレク君、ちょっとだけハグしてやってくれないだろうか。ディースはずいぶんこの日を楽しみにしていたんだ」


「はぁ……」


「『アレクちゃん分が足りない、アレクちゃん分が足りない』と、近頃はずっとそればかり言っている。ちょっとだけ補充させてやってくれ」


 アレクちゃん分……。


「もうアレク君の呼吸を止めたり、アレク君を引き千切りもしないだろうから、ちょっとだけ……」


 むしろその言葉を聞いて、ちょっと怖くなったわ。



 ◇



 ひとしきりディースさんにぎゅうぎゅうされた後、僕達三人はテーブルに付いた。

 いつものように僕はディースさんのひざの上に座らされている。


 僕ももう十六歳なわけで、『そろそろ膝の上に座るのはどうなのか』と伝えたのだけど、『せめてアレクちゃんが二十歳になるまでは……』と懇願こんがんされてしまい、結局僕は膝の上に座らされた。


 ミコトさんからも『すまないアレク君、二十歳までだとすると、あと二回か三回だろう。できたら座ってやってくれないか』と、お願いされてしまった。


 なんだかミコトさんが、ディースさんに甘くなっているような気がする……。

 ディースさんを正常に戻すという話はどこへいったのだ……。


 ……まぁ、もう僕も諦めかけていたりもするけれどね。

 むしろ今さら他人行儀になられても、ちょっと寂しくなってしまう予感すらあったり。


「さて、今回が二年ぶり六回目のチートルーレット、アレク君ももう十六歳だ」


「ええはい、なんとか今回も無事にここへ来ることができました」


「この二年は、なかなかにいろいろあったね」


「そうですねぇ……。やっぱりあれですかね、瘴魔しょうまときと世界旅行ですか。この二つは、僕の中でもかなり大きな出来事でした」


 僕の歴史の中でも――アレク史でも、大きな転換点となる出来事だったのではないだろうか。


「瘴魔の刻でアレク君が戦ったワイルドボア、あのワイルドボア戦は凄かったね。手に汗握る熱戦だった」


「あー、そうですか。まぁそうですかねぇ」


 熱戦といえば熱戦だっただろうか。

 全力全開『パラライズアロー』コンボ中なんかは、案外動きもなくてダレる展開だった気もするけど、途中でハンマーを使った接近戦とかもあったし、たぶん熱戦だったんだろう。


「無事にアレク君がワイルドボアを倒したときには、ディースと二人でハイタッチをしたものだ」


「えぇと、ありがとうございます」


 二人で熱心に応援してくれていたようなので、とりあえず感謝しておこう。


「……まぁそのワイルドボアを倒したことで、僕は世界に旅立つことになっちゃいましたけど」


「そうだね。いつかはアレク君も外の世界に出ることがあるかと思っていたけど、私達が想像していたよりも、ずっと早いものだった」


「僕もまさかこんなことになるとは……」


 やっぱり瘴魔の刻だよね、あれのせいでこんな事態に――


「あ、そういえば瘴魔の刻って結局なんなんですか? 五十年に一度とのことですが、どういう仕組みなんでしょうか?」


 天界に来たら聞いてみようと思っていたんだ。

 あのイベントはなんだったのか。ユグドラシルさんですら詳しくは知らないと言っていたけれど、どういう仕組みで、どういう意味があったのだろう?


 膝の上の僕を抱きしめ、何やら僕の匂いを嗅ぎながらアレクちゃん分とやらを補充しているらしいディースさんに、僕は尋ねてみた。


「すんすん……え? 瘴魔の刻? 特に深い意味は――――いえ、そうね、それも答えるのは止めておきましょう。いろいろと考察を楽しんでくれると嬉しいわ」


「…………」


 ……なるほど。これで世界の謎が解けるかと思ったけれど、どうやら謎は謎のままのようだ。

 というよりもディースさんのこの様子だと、この謎に答えはなく、永遠に謎のままのようだ……。





 next chapter:チートルーレット Lv25

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