第237話 ジェレッド君の髪回収


「今年のナナ桜も綺麗だったね」


「お喜びいただき、何よりですマスター」


 二年前にナナさんがダンジョンに植えた桜――ナナ桜が、今年も開花を迎えた。


 僕も家族や友人とともにダンジョンへおもむき、お花見を楽しんだ。

 ナナ桜が咲く周辺には結構な数のお花見客が集まっており、だいぶ季節の風物詩っぽくなってきた印象も受ける。それもまた喜ばしいことだ。


 そんなお花見期間が二週間ほど続いた後、ナナ桜は散ってしまった。花が咲くのはまた来年だ。来年を楽しみにしよう。


「それでねナナさん、ふと思い出したんだ。確か二年前のこの時期に、みんなの髪を集めたなって」


「あぁ、そういえばそうでしたか」


 確かレリーナちゃんの髪なんかは、お花見をしながら回収していた記憶がある。


「そんなことを思い出したところで、もう一個思い出したんだ」


「いろいろ思い出しますね。何を思い出したんです?」


「実はね――ジェレッド君の髪を回収したいんだ」


「ジェレッド様の髪ですか?」


 桜を見ていたら、髪の毛を回収したことを思い出して――ついでにジェレッド君の髪を回収したかったことを思い出した。

 というか、そのことをすっかり忘れてしまっていた。


瘴魔しょうまときでワイルドボアが現れて、ジェレッド君がピンチになったでしょ? あのときに、ジェレッド君の髪も回収しておけばと思ったんだ」


「そういえばそんなこともありましたね。……もうずいぶんと前のことですが」


「そうね……」


 あれからずいぶん時間が経ってしまった。なにせすっかり忘れていて……。むしろ、よく思い出せたものだ。


「まぁ今になって思えば、あの状況なら髪の毛が必要になることもなかった気がするけどね」


「そうですね。たとえジェレッド様がワイルドボアに殺されたとしても、死体は残ったと思われます。ならばその死体に蘇生薬をかけるだけで、無事に復活できたでしょう」


「……うん」


「魔物は食事をしませんから。ジェレッド様が食されることもありません。死体は残ります」


「そうだね……」


 わかりやすく説明してくれたのはありがたいけど、ジェレッド君は僕の親友だからさ……あんまり『死体』とか『食される』とか言わないでほしいな……。


「それはそれとして、やっぱり親友のジェレッド君の髪は、ちゃんと回収しておきたいなって」


「なるほど。それで私に何か?」


「……うん? いや、えっと、だからナナさんにお願いに来たんだ」


「はい? 何をですか?」


「枠をね、家族外の枠を増やしてほしいんだ」


 髪の毛回収は、家族枠と家族以外の五枠と、ナナさんによって決められている。

 枠の撤廃てっぱいとまでは言わない。ただ、せめてもう一枠。ジェレッド君のために一枠増やしてほしいんだ。


「家族外の枠……?」


「一枠でいいからさ、お願いだよナナさん」


「えぇと、マスターはいったい何を言って――――ハッ」


「ナナさん?」


「いえ、なんでもありません。家族外の枠ですね、わかりました。どうしてもというのなら、もう一枠増やしましょう。特別ですよ?」


「いいの? ありがとうナナさん!」


「いいのですよマスター」


 フフフと、何やら慈愛に満ちた表情を浮かべるナナさん。


 よかったよかった。これでジェレッド君の髪を回収できるぞ。


「それで、どのように回収するおつもりですか?」


「うん? 何が?」


「確かマスターは、様々な方法を用いて髪を回収していたと記憶しています。髪をくしでとかしながらくすねたり、使用後の枕をあさったり、眠っているところこっそり等、様々な手法でマスターは女性の髪を回収してきました」


「とりあえず最後のは僕じゃないけどね……」


 それは確か、ユグドラシルさんとローデットさんのやり取りだ。


「今回は、どのような手法を使うおつもりで?」


「いや、特に何も。じゃあちょっと行ってくるね」


「え? あれ?」



 ◇



「ただいまー。回収してきたよー」


「……早いですね」


「まぁジェレッド君だしねぇ」


 女性の髪回収なんていったらいろいろ大変だけど、今回はジェレッド君だしなぁ。


「どのような流れで回収してきたのですか?」


「とりあえずお家に行ったら居たからさ、『髪にゴミが付いてるよ』って言って」


「なるほど。しかし、それだけでうまく回収できましたか?」


手櫛てぐしで二十回くらい往復してとかしたら、五本手に入ったよ?」


「……それは、髪に付いたゴミを取る動作ではないと思いますが?」


 確かにジェレッド君は不審がっていた。というか、『なんだおい、やめろ』って言われた。

 まぁそんな言葉は無視して、わっしゃわっしゃとやってきたわけだが。


「それで回収できたから、そのまま帰ってきたんだ」


「いきなり家に突撃して、髪をいじくり回して、そのまま帰ってきたのですか……」


「まぁジェレッド君だし。親友のジェレッド君だし」


 なにせ親友だからね。そのくらい気安い仲なのさ。


「それで、髪は紙に入れて保管ですか?」


「うん。見る?」


「いえ、別にそこまで興味は……。ただ、一応は改めてしっかり確認した方がよいのでは?」


「あー、そうかもね。さすがに外でそんなに細かくチェックはしていなかったから」


「ではテーブルへ」


 ナナさんがスペースをあけてくれたので、『ジェレッド君』と書かれた紙を取り出し、テーブルの上で開く。


「よしよし、ちゃんと五本あるね。髪の色からしても、まず間違いなくジェレッド君の髪だ」


「……ふむ」


「ナナさん? どうかした?」


「ふと思ったのですが――」


「うん?」


「たとえば今現在、ジェレッド様が死んでいたとしましょう」


 ……ジェレッド君は親友なんで、いきなり死んだことにしないでほしいな。


「ジェレッド様が死んでいた場合、この髪に蘇生薬をかければ、すぐさまジェレッド様は復活するわけです」


「まぁ、そうね」


「そこで、この髪。五本あるわけですが――全部に蘇生薬をかけたらどうなるのでしょう?」


「全部?」


「ひょっとすると、ジェレッド様が五人復活するのでしょうか?」


「え……?」


 いや、さすがにそんなことは……。五人もいらないし……。


 あれ? だけどもしかしたら、そんなこともありえるのか? 神の蘇生薬ならば、そんな奇跡も起こりえるのか……?


「あ、むしろですよ? 今現在ジェレッド様が生きていると仮定して――」


 生きてるって。普通に生きてるってば。


「この髪に蘇生薬をかけたら、そのまま蘇生したりするのでは? もう一人ジェレッド様が増えたりしませんか?」


「えぇ……?」


 蘇生薬なんだから、死んでいないと発動しないと思っていたんだけど……。

 えぇ? どうなんだろう? ……もしかして、増えるの?


「や、やってみますか……?」


「だ、ダメだよナナさん。もしも増えたらどうするのさ……」


「ですが、私は気になります」


 気になるからって……。

 だからって、何もジェレッド君で試すことはないだろうに。


「しかしマスター。このことはしっかり調べておいた方がよいかと思いますが?」


「まぁ、そうだね……」


 それは確かにその通りだ。

 蘇生薬なんて、いつ必要になるかわからない。そこで、『いざ使ってみたら増えちゃった』――なんてことが起こったらシャレにならない。今のうちに、しっかり調査しておいた方がいいだろう。


「うん、それじゃあ――実験に行こうか」


「実験?」


「実験」





 next chapter:VS大ネズミ8

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