第236話 『コキュートス』


 それにしても驚いた。まさか初めて使用する前に融合してしまうとは……。


 『パラライズアロー』に続き『パワーアタック』まで融合してしまった。どうやら『ヒカリゴケ』は、攻撃系のアーツと相性が良いみたいだ。


 ……相性が良い? いや、相性が良いのか?


 確かに融合はしたけど、攻撃系アーツと『ヒカリゴケ』が融合したところで、正直使い道がわからない。

 それなのに『相性が良い』と言っていいのだろうか? わからない。相性が良いとはいったい……。


「とりあえず、もう一回使ってみようかな……」


「『光るパワーアタック』?」


「うん。さっきはあまりにもドタバタしていたから、もう一度使ってみて、感覚を確かめたい」


 ハンマーを振りかぶって、スイングを始めた辺りで突然ひらめいたからな。

 自分でも何がなんだかわからないまま使った感じだった。


「そういえば、『光るパラライズアロー』ってのもあるんだよね?」


「え? うん、そうだけど……? あぁそうか、ディアナちゃんには見せたことがなかったんだっけ?」


 僕が『光るパラライズアロー』の取得を知った日、ちょうどその日から瘴魔しょうまときが始まったんだった。

 なので今まで、ディアナちゃんには見せる機会がなかった。


「ちょっと見てみたい」


「もちろんいいよ? ……だけど、できたら見てもがっかりしないでくれると嬉しいな」


「うん」


「難しいお願いかもしれないけど、できたらお願いね?」


「う、うん……」



 ◇



 僕の方ががっかりしそうだ。


 『光るパワーアタック』も『光るパラライズアロー』も、意味がわからない。なんの意味があるのかさっぱりわからない。


 この二つの複合スキルアーツは両方とも、まだ数回しか使ったことがなかった。

 何度も試してみれば、あるいはなんらかの有用性を見出みいだすことができるかとも思ったが――現状ではなんの成果も上げられていない。


「もう使うことがないかもしれない」


「そっか……」


 呪文も長くなるし、使用魔力もちょっと上がるみたいだし、おそらくもう使うことは……。


「んで、次は普通の『パワーアタック』の訓練?」


「うん。3-3でウルフに使ってみようと思う」


 4-2のワイルド大ネズミは、全員苔まみれにしてから倒してしまった。

 リポップまでは時間もあるので、3-3のウルフ相手に試し打ちをしてみよう。


「……ん? あ、そうだ。ごめんディアナちゃん、ちょっといいかな」


「うい?」


 現在僕らは4-2から3-3へ向かっている最中で、今は4-1の湖エリアを移動中だ。


 めっきり寒くなり、閑散かんさんとしている4-1エリア。

 そのまま素通りしようとしていたのだけど、このエリアにちょっと用事があることを思い出した。


「浮き輪を補充するから、少しだけ待っていて?」


「浮き輪?」


 僕は作った浮き輪を4-1エリアの更衣室で保管しているのだけど、謹慎きんしんやらなんやらで、久しくダンジョンには来られなかった。

 仕方なく自分のマジックバッグに浮き輪を保管していたが、もう結構な数が溜まっている。この機会に、浮き輪を更衣室に押し込んでいこう。


「すぐ終わるから待ってて」


「うん……」


 更衣室まで進み、作り溜めた浮き輪をマジックバッグから取り出して、せっせと更衣室へ移していく。


「……てーかさ、もういらなくない?」


「うん?」


「さすがにもう十分でしょ」


「うーん。やっぱりそうかな?」


「更衣室からはみ出ちゃってるじゃん」


「うん……」


 ディアナちゃんの言う通り、もう更衣室は浮き輪でパンパンだ。確かにこれだけあれば足りるような気もする。


「とりあえず、もう更衣室へは入りそうにないね。まだマジックバッグには結構残ってるんだけど、どうしたものかな……」


「売ったら?」


「売るのか……」


 んー。まぁそれでもいいかな? 基本はレンタル浮き輪を使ってもらうとして、少しだけ販売もしようか。自由に使える自分用の浮き輪が欲しい人に向けて、ちょっとだけ販売。うん。そんな感じでいこう。


 それじゃあ、ひとまず次の夏まで追加生産はお休みでいいかな?

 なんとなく、やっぱり夏になったら購入希望者が続出しそうな気もするけど、どうなるかな……。



 ◇



 3-3に到着した。


 ではさっそく、ウルフ相手に『パワーアタック』をかましてこよう。

 たぶん苔が生えない『光るパワーアタック』ってだけな予感もするけど、とりあえずぶちかましてこよう。


「よし。じゃあいってくるね?」


「援護は? 援護はいらないの? やることなくて暇なんだけど?」


「あ、ごめんねディアナちゃん」


 新アーツの効果をしっかり確認するために、4-2のワイルド大ネズミ戦でもディアナちゃんには手を出さないでもらっていた。

 その間は応援だけしてもらったのだけど、かなり退屈させてしまったらしい。


「ごめんね。ワイルド大ネズミの皮いる?」


「それはいらない」


「結構便利だよ?」


「んー。でもいらない」


 退屈させたお詫びに、ドロップしたワイルド大ネズミの皮をお裾分すそわけしようとしたのだけど、断られてしまった。案外便利なのに……。


「それより、もうちょっとなんかしたい。……あ、じゃあアレクが叩きやすいように、ウルフの動きを止めたげる」


「動きを?」


「うん。凍らせて止める」


「あぁ……。『コキュートス』かな?」


「うん」


 『コキュートス』――ディアナちゃんが所持する『水魔法』のスキルアーツで、着弾地点を凍らせる氷のつぶてを高速で放つ技である。


「『コキュートス』か……」


「ん?」


 本当にさ、『インファーナル・ヘヴィレイン』も『コキュートス』もさぁ……。

 なんかおかしくない? なんか違くない? なんかディアナちゃんだけ別のゲームやってない?


 どう考えてもそれはレベル1で覚えていいスキルアーツじゃないよね?

 ジェレッド君とか『パワーアロー』なんだよ? そして僕は『パワーアタック』なんだよ?


「何? どうかした? 複合スキルアーツの方がいい?」


「ディアナちゃんの複合スキルアーツっていうと……」


 ディアナちゃんは、『インファーナル・ヘヴィレイン』と『コキュートス』が融合した複合スキルアーツを所持している。


 その名も――『氷獄ひょうごくの雨』。


 うん……。もう何も言うまい……。


「いや、『氷獄の雨』は大丈夫……。『コキュートス』の方をお願いできるかな……」


「あーい」


 そういうことなので、『コキュートス』で固まったウルフを『パワーアタック』で砕いていこうか……。


「そんじゃいくよ? 準備いい?」


「うん……」


「『コキュートス』!」


 あぁ、いいなぁ……。

 僕も格好良い名前のアーツほしいなぁ……。





 next chapter:ジェレッド君の髪回収

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