第231話 同行者


 わけのわからないまま、僕の世界進出が決まってしまった。


 ……本当にわけがわからない。突然そんなことを言われても、こちらとしては戸惑うばかりだ。


「いきなり世界って言われても、なんか急すぎない……?」


「えぇと、『ワイルドボアを倒せるなら、ある程度遠くまで一人で移動していい』ってのは、その通りなんだけど……もうひとつ決まりがあってね」


「決まり?」


「『十五歳までにワイルドボアを倒したエルフは、森の外を見る旅に出なければいけない』って決まりが……」


「えぇ……」


 なんだその決まりは……。

 誰が作ったんだそのおきて。ちょうどピッタリじゃないか。ピッタリ僕に当てはまってしまうじゃないか。


 というか今、『旅に出なければいけない』って言った?

 え、強制? 強制なの? そんなの、もう追放じゃないか。追放ものじゃないか……。


「な、なんでそんなことに……?」


「その、若い内からいろんな経験を積むことは大事でしょ? だから、いろいろ見てきた方がいいよねっていう……」


「いや、だからって……」


「特に十五歳に満たない年齢でワイルドボアを倒すほどに優秀なエルフだったら、それは是非とも若い内から森の外も知っておくべきっていう……」


「それで、そんな掟が……」


「たぶん……」


 たぶんかい。


「む、無茶だよ父。正直僕は、そこまで優秀なエルフじゃないよ」


「そんなことはないと思うけど……」


 そんなことあるんだよ父……。実際にワイルドボア戦だって、僕個人の力で勝てたわけじゃない。

 チートアイテムに頼って、ジェレッド君やレリーナちゃんの助けを借りて、それでようやく勝利したんだ。


「あ、そういえば他のメンバーは? ワイルドボアとはジェレッド君も戦っていたし、レリーナちゃんも壁を作ってくれたよ?」


「二人の話も聞いて確認したけどね、やっぱり倒したのはアレクってことになると思うんだ」


「えぇ……。ジェレッド君も頑張ってたよ? というか、もうジェレッド君でよくない? ジェレッド君に行ってもらおうよ。ジェレッド君に世界を知ってきてもらおうよ」


「そういうわけにはいかないよ……」


 やっぱりダメか……。


 ……行きたくないなぁ。どう考えても僕には実力が足りていない。今だって隣村まで行くのが精一杯の僕だ。それが何故、いきなり世界を旅するようなことに……。


「あ、だけど安心して」


「うん?」


「さすがに一人で行くのは無理だからね。同行者が付くよ」


「同行者?」


 あぁそうなのか、保護者同伴どうはんで旅してくるわけか。それならまぁ、安心……なのかな?


 問題は、どんな人が僕に同行してくれるかだ。

 その人の能力次第で、旅の難易度が大きく変わると言っても過言ではないだろう。果たしていったい誰が――


 ……いや、うん。まぁ誰が付いてきてくれるかは、もうわかっちゃったんだけどね。


「実はね、アレクの旅に――ジスレアさんが同行してくれるんだ」


「私が付いていく。だから安心してほしい」


 やっぱりジスレアさんだった。


 同行者の話になった瞬間、ジスレアさんが『お、私の出番がきたな』って顔をしたので、父が発表する前から見当が付いてしまっていた。


 少しもったいない。できたらジスレアさんには隠れておいてもらって、発表とともに現れる的なサプライズがあったらよかったのに。その方が、きっともっと盛り上がっただろう。


「そうですか、僕の旅にジスレアさんが」


「よろしく」


「あ、はい、よろしくお願いします」


 しかしそうか、ジスレアさんと一緒に旅か……。


 ――どうしよう。ちょっと楽しみになってきてしまったかもしれない。


「あ、だけど村の方は大丈夫なの? 優秀なお医者さんが旅行に行っちゃって平気なの?」


「……旅行じゃないけどね? まぁ一応は大丈夫だよ。アレクは知らないかもだけど、村には他にもヒーラーがいるから」


「そっか。いや、僕も知っているけどね?」


 当然知っているとも。この前ジェレッド君に言われるまで存在を忘れかけていたけれど、そんな男性のお医者さんがいたことは知っているとも。


「誰に同行してもらおうか、ずいぶん話し合ったんだけどね、ジスレアさんなら腕も確かだし、なんといっても回復魔法が使えるから」


「私が付いていたら、アレクがどんな怪我をしても安心」


 安心……。まぁ安心だ。別に怪我はしたくないけど。


「それにジスレアさんは、森の外も詳しいから」


「かなり詳しい」


 ほー。そうなのか。案外旅慣れているのか。それは知らなかったな、ジスレアさんにはそんな一面があったのか。


「心強いですね。引き受けていただいてありがとうございます。では、是非ともよろしくお願いします」


「まかせて」


 ジスレアさんはかなり頼りになりそうなので、どんどん頼っていこう。ジスレアさんに引っ付いて、世界を旅してこよう。


「それで父、僕はいつ出発するのかな?」


 さすがに今すぐ行けってわけじゃないだろう。それはさすがに心の準備ができていない。

 もしも今すぐなんて言われたら、『僕は自宅謹慎中きんしんちゅうの身だ』と、駄々をこねてやる。


「そうだね、出発日か……」


「さすがに今日明日で出発ってわけじゃないよね?」


「うん。とりあえず――二十歳くらいまでには、何度か行ってきたらいいんじゃないかな?」


「うん?」


 あれ? そんな感じなの? ……なんだかずいぶんアバウトだな。

 二十歳くらいまでにっていうと、まだあと六年もあるのか。結構余裕があるね……。


 転生してから十四年。十四歳にして、いよいよ村を出て冒険に旅立つのかと思いきや、もうちょっとのんびりしていててもよさそうだ。

 あと六年あるのなら、あと二回はチートルーレットを回せるだろう。それから旅立ってもいいんじゃないかな?


 ……そうだな、そうしようか。なにせルーレットでは、まだあんまり良い景品を貰えていない現状だ。

 回復薬セットは間違いなくチートだけど、結局のところあれは消耗品。ダンジョンコアも結構なチートではあるけど、戦闘では使えない。それ以外だと、至って普通のスキルしか貰っていない。


 一番最初に貰ったものなんて、ただのタワシだ。何らかの力を秘めているとは思うのだけど……今はまだ、ただのタワシでしかない。


 そう考えると、世界に向けて出発するのは時期じき尚早しょうそう。まだ慌てるような時間じゃない。

 もうちょっとのんびりいこう。もうちょっと故郷でのんびりとスローライフを送ろう。


 ――転生時に貰ったチートがとても酷いものだったので、田舎でのんびりスローライフを送ります。





 next chapter:瘴魔しょうまとき、後日談

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