第229話 撤収作業


「そうなんだ。それで木の上にいたんだ」


「ああ」


 無事にワイルドボアを倒した僕とジェレッド君は、ひとまず僕が撒き散らかした矢の回収を始めた。

 そして回収作業を行いつつ、ジェレッド君から事情を聞くことにした。


 村の外へも出られず暇を持て余したジェレッド君は、訓練場で弓の練習をしていたらしい。

 そんな最中さなか、森からの物音を耳にして、何事かと確認しに行ったそうだ。


 とはいえ、村の外へ出ることは禁じられている。なので一応森へは入らなかったそうだが――


「なにせ突然飛び出してきたからな……」


「それはびっくりするね」


「弓も折られちまったしなぁ……」


 森から飛び出してきたワイルドボアの突進をくらい、ジェレッド君は弓を折られてしまったらしい。

 そのため、仕方なく森へ入り木に登ったという。


「それで、どうにかワイルドボアから逃げ回って……夜になっても俺が戻らなければ、誰か探しにきてくれるかなって」


「へー」


 余計なことをせずに救助を待つことにしたわけだ。案外冷静に行動したんだね。


「下手したら明日の朝まで待つかと思ったけど、すぐにお前らが来てな」


「あぁ、結構すぐだったんだ」


「俺としては、逃げるか助けを呼ぶかしてほしかったんだが……何故かお前らは延々と話し込んで……」


「うん、ごめんね……」


 まぁね、あの場で三十分も会話されたら困るよね……。


 とはいえ、あの場面ではレリーナちゃんを説得するしかなかったんだ。

 僕的に、あの場でジェレッド君を残して二人で戻るって選択肢はなかった。……僕達二人がそそくさと逃げ出す様子を見たら、ジェレッド君がショックを受けるんじゃないかと思ったから。


 なので僕とレリーナちゃんのどちらかが残るべきだと考えた。

 そうなると、女の子のレリーナちゃんを残して僕だけ村に戻るって選択肢もないだろう。……まぁ、足の速さ的にも。


 そんな考えから、僕はレリーナちゃんだけ村に戻るように説得した。

 その説得に三十分も掛かることは、さすがに予想外だったけどね……。


「なんだかんだ助かったよ、ありがとうなアレク」


「まぁ、うん。そう言ってもらえると、僕としても嬉しいけど……」


 確かに僕はジェレッド君を助けた。助けたとは思うんだけど……よくよく考えたら、結構余計なことをした気もする。


 ジェレッド君は器用に木から木へ逃げていたし、ワイルドボアもジェレッド君を攻撃することはできなかった。そのまま時間を稼げば、きっとすぐ大人が助けに来てくれたはずだ。


 だというのに、僕はうっかりワイルドボアに見つかってしまい、無駄に死闘を繰り広げた。その結果、ジェレッド君は足首をくじいてしまった。


 なんだか、だいぶ余計なことをした気がしないでもない……。


「うーん……あ、タワシだ」


「タワシ?」


「アレクブラシ」


「ああ、そういえばなんか投げつけてたな。……え、なんでそれを投げたんだ?」


「……奇跡を信じて」


「なんだそりゃ」


 とりあえずこいつも回収しておこう。今回はダメだったけど、またいつかピンチになったらチャレンジしよう。


「さてと、矢はだいたい回収したね」


「そうだな。あとはワイルドボアの解体か」


「上手くできるかな?」


「どうだろな、俺もやったこともないし。……つーかあれだな、急がなきゃだよな」


「うん?」


「よく考えたら、ここは村の外だろ? 今は出るなって言われてる、村の外」


「あ……」


 そういえばそうだ。なんだか大一番が終わって、すっかり気が抜けてしまっていた。

 ゆるんだ気持ちのまま、のんびりと矢の回収を始めて、そのまま解体作業に入ろうとしていた。


 だけど、今はまだ光化学スモッグ注意報が発令中で、ここは危険な森の中なんだ……。


「……もう一体ワイルドボアが出現したりしないよね?」


「怖いこというなよ……」


「どうしよう。もう解体しないで帰ろうか?」


「つっても、あんなに苦労してアレクが倒したんだしなぁ……。マジックバッグにそのまま入らないか?」


「うーん……」


 大きさ的に、ちょっと無理な気がする。バッグの開け口を通らず、途中でつっかえちゃうと思う。


「やっぱり村に戻ろう。皮とか硬くて厚いし、すぐ動物に食べられちゃうってこともないよ。もうすぐ大人が来るだろうし、そうしたら――」


「アレク!」


「ふぁ」


 噂をしたらなんとやら。大人エルフが来てくれた。

 というか――父だ。父が来た。


 いや、『来た』っていうのもなんか違う気がする。気が付いたら、すぐ目の前に父がいた。

 すごいな父。父の本気ダッシュはそんなスピードなんだね。目にも留まらぬスピードとはこのことだ。ちょっと羨ましい。


「アレクもジェレッド君も、大丈夫かい!?」


「うん。僕もジェレッド君も大丈夫。だけど……レリーナちゃんは大丈夫?」


「え? あ。レリーナちゃん!」


 おそらくレリーナちゃんは父に道案内をしていたのだろう。

 急ぐためか、父に抱えられて移動してきたようだ。荷物のように小脇に抱えられている。


 ……だがしかし、父の本気ダッシュに耐えられなかったのか、なんだかぐったりしている。


「……はっ! お兄ちゃん! お兄ちゃんは!?」


「あ、うん。大丈夫だよレリーナちゃん。この通り、僕は無事だよ――」


「本当に? 本当に大丈夫なのお兄ちゃん? ……肩とか怪我していない?」


「……大丈夫だよ?」


 なんで、肩を怪我したと……?


 確かに僕はワイルドボアとの戦闘で肩を脱臼した。とはいえ、その怪我は回復薬の効果によって、またたく間に癒やされたのだ。

 それなのに、なんでレリーナちゃんはわかったんだ……? 無意識のうちに肩を気にする素振りでもしていたのだろうか……。


「もしもお兄ちゃんが、そのイノシシに肩を外されたんだとしたら――私もイノシシの肩を外す」


「いやいや、もうイノシシは倒したから……」


「ジェレッドの肩も外す」


「やめたげて……」





 next chapter:エルフのおきて

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