第225話 フラグ回収
この世界の動植物は、体内に
そして魔物化したモンスターがさらに体内に瘴気を溜めると、より強力なモンスターに『進化』するという。
現在エルフ界全域では、そんな瘴気の濃度が上がっていて、とても危険な状況が続いている。
って話らしいけど――
「案外なんにも変わらないね」
「そうだねお兄ちゃん」
瘴気が濃くなり、光化学スモッグ注意報なんてものが発令されたが――村の中は至って平穏で、なんの危険も感じない。
僕は平和な村の中を、幼馴染のレリーナちゃんとのんびり歩いている。
「むしろ、みんな楽しんでいる気がするんだよね」
「そういえば、お父さんも喜んでた。進化モンスターの貴重な素材を売買できるチャンスだって」
「あー、そうなんだ」
「お母さんも、また狩りに行っちゃったし」
「行っちゃったねぇ」
村の外へ出ることを禁じられているのは僕達子供エルフだけで、大人エルフは普通に外へ出ている。
僕の母とレリーナママと美人女医のジスレアさんも、またもや三人でパーティを組んで、狩りへ出かけてしまった。
『瘴気が濃くなった今がチャンス』などと言って、楽しげに出発していった。なんでも『この前のお肉よりも、もっと美味しいお肉を獲ってくる』とかなんとか。
そりゃあ僕もお肉は楽しみだし、前回以上のお肉ってのも気にはなる。
とはいえ、この村一番のお医者さんであるジスレアさんが、普通に村を離れるってのはどうなんだろうか……。
母達だけではなく、村全体も結構そんな感じだ。本当に何かのイベントみたいな空気になっている。例えるなら、レアモンスター出現率アップキャンペーンとでもいった雰囲気だ。
そんな状況を目の当たりにしたら、さすがの僕も緊張感を保てない。
自他共に認めるチキンな僕ではあるけれど、さすがに緊張感を保つのは難しい。
光化学スモッグ注意報が発令されてすぐは、弓の調整や、アレクシスハンマー1号の整備、チートルーレットで貰った回復薬セットの確認など、来るべき戦いに向けての準備に勤しんでいたのだが……もういい加減緊張の糸も緩む。ゆるゆるだ。
そんなわけで、最近はもっぱら普段通りの生活を送っている。
村の外に出ない以外はいつも通りで、木工をしたり浮き輪を作ったり、友人と遊んだりしていた。
そして今日は、レリーナちゃんと一緒に訓練場へ向かう予定だ。
レリーナちゃんが『光るパラライズアロー』を見たいと言うので、訓練場で
……まぁ、正直披露するまでもないアーツなのだけどね。とりあえずそれくらい平和でのんびりしていて、暇なのだ。
◇
僕とレリーナちゃんは仲良く手を繋ぎながら村を歩き、訓練場に到着した。
「よし、それじゃあ早速――」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「何か聞こえない?」
早速弓の準備に取り掛かろうとした僕に、レリーナちゃんそんなことを伝えてきた。
というわけで耳を
「……あ、うん。確かに何か聞こえるね」
「なんの音だろう? 何かがぶつかっているような? 向こうの方から」
おそらく森の方からかな?
訓練場は村の外れにあるので、そこから少し歩けばもう村の外。さらにもう少し歩けば森が広がっている。
「ちょっと行ってみよう?」
「うん……。そうだね、行ってみようか……」
僕とレリーナちゃんは、音の方向へ恐る恐る進んでみた。
すると、やはり森の中から、何かが勢いよくぶつかる音が……。
「お兄ちゃん……」
「なんか『どーんどーん』って音が聞こえるねぇ……」
うわー……。何やらイベントが始まった感がすごい。
ゆるゆるだった緊張の糸が、ピーンと張り詰めてきた。ずっとゆるゆるでよかったのに……。
「……戻ろうか、お兄ちゃん」
「え?」
えぇ? そりゃあ確かに僕も帰りたいとは思ってしまったけれど、村のすぐ近くで明らかに異常事態が起こっているというのに、スルーしちゃっていいのだろうか?
「えっと、戻るの?」
「このままだと村から出ちゃうし」
「あー、うん。それはそうなんだけど……」
けど、けどなぁ――
「ごめん。少しだけ確認したい」
「お兄ちゃん……」
「確認しておいた方が、いい気がする……」
確かに村から出ないように言われているし、本当は僕だって行きたくない。
だけど、ここで行かないのはダメな気がする。こんなイベントをスルーしたら、ダメな気がするんだ。
仮にも僕は異世界転生者。ここで引いたら、異世界転生者失格だ。
というか、僕という異世界転生者がいるせいで始まったイベントなんじゃないかって、そんなことも思ったりなんかしたわけで……。
「僕ひとりで行ってくるから、レリーナちゃんは戻っていてくれるかな?」
「え!? ……ううん。私も行く」
「だけど……」
「絶対付いていく。ダメだって言われても付いていく。隠れて付いていく。絶対に逃さない」
「そう……。わかった。ありがとうレリーナちゃん」
なんだか怖いことを言われた気もするけど、正直レリーナちゃんが付いてきてくれるのはありがたい。
僕の『パラライズアロー』と、レリーナちゃんの『毒矢』によるダブル麻痺コンボなら、大抵の敵は止められる……はず。
「じゃあ行く前に、ちゃんと装備を整えておこう」
「あ、うん」
僕とレリーナちゃんはそれぞれマジックバッグから弓と防具を取り出して、いそいそと装備する。
「あぁそうだ。よかったら、これ付ける?」
「え? そのネックレス? ナナって女が世界樹で作った、そのネックレスを?」
「う、うん」
ちょっと言葉に
何を隠そう、僕の命を守ってくれたこともある霊剣あらたかな世界樹のネックレス。
残り使用回数ゼロ回という説もあるが、もしかしたらレリーナちゃんを守ってくれるかもしれない。
「世界樹様の不思議なパワーが、守ってくれるかも」
「ううん。私はいいや」
「そっか……」
「ナナって女が世界樹で作った首輪より、普通の木でもいいからお兄ちゃんが作ってくれたネックレスの方が、私は嬉しいな」
レリーナちゃんがくねくねと照れながらそんなことを言う。
今はそういう話をしているんじゃないんだけど……。
「あ、じゃあこれはどうかな?」
「ん? それは……?」
「タワ――アレクブラシだね」
「アレクブラシ……」
僕がマジックバッグから新たに取り出したのは、アレクブラシこと――タワシだ。
このタワシは、僕がまだ佐々木だった頃に初めてチートルーレットを回して獲得した物である。
見た目も使用感もただのタワシでしかないが――なんといってもチートルーレットで
何かしらの力が眠っていることを、僕はまだ諦めていない。諦めきれない。
というわけで、今回シリアスイベントが始まりそうだと予感した時点で、僕はこのタワシもマジックバッグに突っこんでおいたのだ。
「これならどうだろう?」
「どうだろうって言われても……。えっと、お兄ちゃん……?」
「これは一応僕が作った物だから、持っても大丈夫だよね?」
一応設定上は、僕がユグドラシルさんに命じられて作った物――ということになっている。だからまぁ、レリーナちゃんも持ってくれるはず。
「それをどうしたら……?」
「とりあえず持っておけば、何かの役に立つかも」
「なんの役に……? えぇと、それを持ったら弓が持てないよ?」
「あ、それはまずいね」
それはまずい。ダブ麻痺コンができないのはまずい。
「じゃあ服の中に入れておくといいかも。ちょっとチクチクするけど、服の――」
「……私はいいや」
「そっか……」
残念ながら、タワシも拒否されてしまった。
このタワシはチートアイテムかもしれなくて、レリーナちゃんの身を守ってくれるかもしれないというのに……。
◇
「止まって、お兄ちゃん」
「おっと」
謎の音を調べようと、二人で森へ入ってほとんどすぐの地点で、レリーナちゃんが止まるように小声で指示を出してきた。
「音の正体は、あれみたい」
「あれは……ボアかな?」
イノシシ型のモンスターだ。ボアであることは間違いないだろう。
だけど僕の知っているボアは、もっと体が小さくて牙も小さくて、茶色い毛をしている。
それに対し、僕達が今見ているボアは――体が大きく、牙が鋭く、黒い体毛に覆われている。
「もしかして、ワイルドボアかな……」
「たぶん……」
おそらくだけどあれは、ボアがさらに瘴気を溜め込んで進化したモンスター――ワイルドボアだろう。
動いているのを見たのは初めてだ。普通のボアに比べて、ずいぶんワイルドだな……。
「なんでずっと木に頭突きしているんだろう?」
ワイルドボアは、木に向かって何度も突進を繰り返している。
それによって『どーんどーん』という音が辺りに響いていたようなのだけど、いったいなんでまたそんなことを?
「お兄ちゃん、あれ、木の上に……」
「上? あ……」
ワイルドボアが突進を繰り返している大木。その上部には――
「ジェレッド君……」
木の上に、ジェレッド君がいる……。
状況はいまいち掴めないけれど、ジェレッド君はワイルドボアと戦闘になって、木の上に退避したのだろう。ジェレッド君は『
「いやしかし、大ピンチじゃないかジェレッド君……」
「このままだと、木が折れちゃいそう……」
「だよね、どうしたものか……」
相当な力強さを感じるワイルドボアの突進。ジェレッド君が登った木も結構な厚みがあるが、そのうち折られてしまいそうな雰囲気だ……。
困った……。どうにかしてジェレッド君を助けないと。だけど、いったいどうやって……。
――というか、何をやっているんだジェレッド君。
久々に登場したかと思ったら、いきなりフラグを立てて、こうも見事に回収するとか、いったい何をやっているんだジェレッド君。
next chapter:ジェレッド君は犠牲になったのだ……
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