第194話 土じゃなくて、槌?


 やっぱり大槌おおづちを買うことにした。


 さすがに五十キロの感慨深い大槌を買うことは諦めたが、ジェレッドパパのおすすめする小槌こづちは買う気にならない。小槌にはロマンがない。


 ジェレッドパパは『戦闘にロマンを求めんな』と、至極真っ当な正論を吐いてきたが……やっぱり少しは求めたい。少しはロマンを感じたい。少しはときめきを覚えたい。


 というわけで、僕は大槌を買うことにした。

 微妙な顔をするジェレッドパパになんとかお願いして、僕でも扱えそうな大槌を見繕みつくろってもらった。


 そうしてジェレッドパパに探してきてもらった、戦闘用の大槌。

 五十キロハンマーほどのサイズや重量はなく、もう少しこじんまりとした物だが、一応は両手で扱う戦闘用の大槌だ。は一メートル弱の木製で、ヘッドはだいたい五キロ程度の鉄製。


 これくらいの重量であれば問題ない。『つち』スキルを所持している僕ならば、十全に扱えるはずだ。

 この大槌に決めた僕は、探してくれたジェレッドパパに感謝をしてから代金を支払った。


 ナナさんが迷惑を掛けてしまったこともかんがみて、多少色を付けてお金を払おうとしたのだけれど……それは普通に遠慮された。

 なんだか、大槌を買いたいと伝えたときよりも微妙な顔をされてしまった……。


 兎にも角にも、無事に戦闘用の大槌を手に入れた僕は、自宅へ戻ってきた。


 いやはや、帰宅までずいぶん時間がかかってしまった。

 教会でもお喋りにそこそこ時間を費やしてしまったけれど、ジェレパパのホムセンでも、同じかそれ以上に時間がかかってしまった。


「ただいまー」


 玄関の扉を開けて、いつものように帰宅の挨拶をする僕。


 するとすぐに、パタパタとこちらへ向かって誰かが駆けてくる足音が聞こえた。


「あ、ナナさん、ただい――」


「土は?」


「ま……え?」


「土は? 土はどうでしたか? あぁ、おかえりなさいませマスター」


「うん、ただいま」


 僕を出迎えてくれたのはナナさんだった。

 ……まぁ僕を出迎えたと言うより、槌を出迎えたようだけど。


「どうでした? 私には無理でしたが、マスターなら案外なんとかなったのでは? あのツンデレ鍛冶屋から、戦闘用の土を入手することもできたのではないですか?」


「ツンデレ鍛冶屋……」


「マスターならば、デレ部分を引き出すこともできたのではないですか?」


「デレ部分……」


 そんなふうに聞かれたら、『ちゃんと戦闘用の槌を買ってきた』とは答えづらい。

 それはつまり、僕が『ツンデレ鍛冶屋からデレ部分を引き出した』ということになってしまうから……。


「えぇと……ナナさんが言うような凶悪な戦闘用の槌は、やっぱりなかったよ」


「凶悪な戦闘用の土……?」


「だけど、普通の戦闘用の槌なら買えたよ」


「普通の戦闘用の土……?」


 ナナさんが求めていたようなトゲトゲの大槌はなかったし、お店に飾られていた感慨深い大槌も買えなかった。

 僕が買ったのは、普通の戦闘用の大槌だ。


「とりあえず……戦闘用の土なのですよね?」


「そうね」


「そうですかそうですか、ならばよいのです。さすがですマスター」


「ありがとうナナさん」


 普通に買い物をしてきただけで、大したことはしていないのだけど。


「さぁマスター」


「うん?」


「早く見せてください」


「あぁうん、それはいいけど――って、待って待って」


 ナナさんが、僕の着ている服の中やらマジックバッグやらを勝手にあさろうとしだした。

 マジックバッグはまだしも、服はおかしいだうに。


「そんなに慌てなくても……えぇと、とりあえず僕の部屋に行こう」


「私はだいぶん待ちくたびれたのですが……仕方ないですね」


「それじゃあ――押さないで押さないで」


「それはつまり、『押せ』という意味なのですよマスター」


「それは、この世界じゃ通用しないやつだから――というか待ってナナさん、とりあえず手洗いうがいを、手洗いうがいをさせて!」


 やっぱりやらないと、なんとなく気持ち悪いんだ! 前世からのルーティーンなんだよナナさん!



 ◇



 興奮するナナさんをどうにか落ち着かせた僕は、手洗いうがいをしっかりとこなした後、自室に戻ってきた。


 実はナナさんも僕と同様に、自宅へ帰ってきたら手洗いうがいをしっかりする人だったりする。この辺り、やはり僕の知識と経験が受け継がれているからだろうか。

 そんなわけで僕の気持ちもわかるのか、手洗いうがいを渋々認めてくれた。


「それでは、いよいよ土のお披露目ひろめですね」


「そうね。……といっても、そこまで大層な物でもないと思うんだけど」


 なんだか妙にハードルを上げられている気がする……。


「まぁ実際に見たらそうなのかもしれません。しかしながら、ここまでずいぶんと待たされましたからね、否が応でも期待せずにはいられません」


「そうなんだ……」


 それもまた、ちょっと迷惑な話だ。勝手に過度な期待をされて、勝手にがっかりされても困る。


「今日も今日で、ずいぶん待たされましたし」


「あー……。ちょっとジェレッドパパさんと話し込んじゃってて」


「ジェレパパさんと話し込んでいたのですか?」


「うん。まぁいろいろ――」


「マスターが話し込んだのはジェレパパさんではなく、どこぞのキャバ嬢では?」


「…………」


 バレてる……。

 いや、確かに教会へ行ってローデットさんと話し込んだけど、ジェレッドパパともちゃんと話し込んだ。それもまた事実なんだ。


「まぁそれはいいです。とにかく土が見たいのです。土を見せてください」


「わかったってば」


 ナナさんに急かされながらマジックバッグに手を突っ込み、買ってきたばかりの大槌を掴む。

 果たしてこの大槌は、無事にナナさんの期待に応えることができるだろうか……そんな不安をちょっぴり抱えながら、僕は大槌を取り出す。


「じゃーん」


「………………は?」


「何よそのリアクションは……。確かにちょっと小ぶりかもしれないけど、一応両手で使う大槌なんだよ?」


 せっかく効果音まで付けて取り出したというのに、なんてリアクションだ。


「は? え? それはいったい……?」


「一応これが買ってきた槌なんだけど……」


「え……? なん、え? 土? え?」


「ナナさん、大丈夫……?」


 なんだか『がっかり』ってリアクションでもなくなってきたな……。がっかりを通り越して、ひたすら困惑しているように見える。


「え? それは……ハンマーですよね?」


「そうだね。ハンマー。大槌」


「大槌……? あ! もしかして――――槌?」


「うん。槌だけど」


「土じゃなくて、槌?」


「えぇと……槌だけど?」


 ナナさんが何を聞いているのか、よくわからない。とりあえず槌だけど……。


「ぐがぁあぁぁぁぁ……!」


「うぉ」


 突然ナナさんが、頭を抱えて奇声を上げ始めた。

 ナナさんの喉からは、女の子が出しちゃいけないような声が漏れ出ている。


「な、ナナさん大丈夫?」


「あぁぁぁぁ……」


「ナナさん……?」


「私は、なんてことを……。私はいったい今まで何を……」


 今度は顔を押さえてもだえるナナさん。

 基本的に無表情で飄々ひょうひょうとしているナナさんにしては、ちょっと珍しいアクションだ。耳まで赤くなっている。


「ど、どうしたのナナさん……?」


「やってしまいました……。ここ二週間で私は、いろんな人に戦闘用の土のことを聞いて回ってしまったのですよ……」


「へー」


「この……!」


「いった!」


 ナナさんの言葉に軽く相槌あいづちを打ったところ、肩をパンチされてしまった……。

 何故だろう……。軽い返事をしたのがまずかったのだろうか……。


 意味がわからない。何故そこまで恥ずかしがっているのか、何故僕がパンチされたのか……。

 もうさっきから、さっぱり意味がわからない……。





 next chapter:アレクシスハンマー1号

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