第178話 ダンジョンマラソン七日目


 今日も今日とてダンジョンマラソン。


 レリーナちゃんとのダンジョンマラソンを皮切りに、ディアナちゃんとマラソンしたり、ナナさんとマラソンしたり、父やジェレッド君とマラソンしたり、一人でマラソンなんかもしてみた。

 レベル20に向け、そんなマラソン漬けの日々を僕は送っている。


 そして、本日は――


「今日はありがとうございます、ユグドラシルさん」


「うむ」


 ダンジョンマラソン七日目となる今日は、ユグドラシルさんと一緒にマラソンをしている。


 いつものようにふらりと現れたユグドラシルさんに、僕が毎日ダンジョンでマラソンしていことを伝えると、付いてきてくれたのだ。


 そしてユグドラシルさんは僕の戦闘を見ながら、『うむ』『よいぞ』『頑張れ』『何故そうなる』等の声援を飛ばしてくれる。


 まぁ基本はそれだけだ。見ているだけで、手を出したりはしない。ユグドラシルさんが参戦したらそれだけで完勝して、僕の経験値にはならないだろうしね。

 それに出現するモンスターの顔ぶれから言っても、ユグドラシルさんが戦うような相手はここにいない。


 とはいえ、僕としてはユグドラシルさんの戦闘シーンってのも、ちょっと見てみたかったりするんだけど……。


「よかったら、ユグドラシルさんも戦ってみませんか?」


「わしがか?」


「はい。まぁ僕がユグドラシルさんの戦いを見たいってだけなんですけど」


「ふむ」


 ときどきユグドラシルさんと一緒に外を出歩くこともあるのだけど、いつも戦闘は僕がしている。

 なのでユグドラシルさんがどんな戦いをするのか、僕はよく知らない。実は前々から少し気になっていたりしたのだ。


「うむ。別に構わんが?」


「あ、本当ですか」


「じゃが、あまりお主の参考になるとも思えんが」


「あぁいえ、僕はユグドラシルさんの戦闘を見られたら、それだけで」


「そうか? ではやってみるかのう。まぁ期待しておれ」


「ありがとうございます」


 気前よく見せてくれるらしい。楽しみだ。


 最強を自負しているユグドラシルさんだけど、果たしてどんな戦い方をするのだろう?

 やっぱり世界樹らしく、樹木で攻撃したりするんだろうか?


 もしかしたら薔薇のムチで相手をしばいたり、鋭い花びらを自分の周りにばら撒いて攻撃するユグドラシルさんが見られるかもしれない。

 もしくは、異世界のオジギソウを召喚してくれたりするかもしれない。


 そんな勝手な妄想をふくらませ、わくわくしながらモンスターを探してうろついていると――


「あ、いましたね」


「うむ」


 前方に一体の大型犬――ウルフが現れた。


「よし、ではあれにするか」


「よろしくお願いします」


 さてさて、ユグドラシルさんはいったいどんな戦いを見せてくれるのか。


「では、行ってくるぞ」


「ご武運を」


「別に祈らんでもいいわ」


 祈らんでもいいらしい。

 まぁ今まで負けたことがないらしいユグドラシルさんだ。常勝不敗のユグドラシルさんが、万が一にもウルフに後れを取るようなことはないだろう。


 ……とはいえ、見た目十歳の幼女が手ぶらでのんきに大型犬に向かっていく様は、見ていて少し怖い。思わず止めてしまいたくなる。


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ユグドラシルさんは平然とウルフに近付いていく。


「ずいぶん近付いたけど、ローズのウィップはまだだろうか……あ、気付かれた」


 残り三十メートルほどまで近づいたところで、ウルフもユグドラシルさんの接近に気が付いた。

 ウルフは「ワンワン」と吠えて、ユグドラシルさんを威嚇いかくしている。


 しかしユグドラシルさんは吠えるウルフを気にも留めず、のっしのっしと無防備に歩き続ける。

 それを見て、逆にウルフがユグドラシルさんに向かって走り出した。


「だ、大丈夫だよね……?」


 画が画だけに、ちょっと心配になってしまう僕。

 そんな僕の心配をよそに、落ち着き払ったユグドラシルさんは足を止めて、軽く腰を落とした。どうやらウルフを迎え撃つつもりのようだ。


 ウルフがあと一歩の距離まで近付き、ユグドラシルさんに飛びかからんとしたところで――ユグドラシルさんが跳んだ。


 ユグドラシルさんは右足を前に上げたまま軽くジャンプして――右足を後ろに引くと同時に右拳を突き出した。


「スーパーマンパンチだ……」


 スーパーマンパンチ――その打撃姿勢が、空を飛ぶどこぞのスーパーヒーローに似ているところから、そう呼ばれているパンチの一種だ。


 ユグドラシルさんのスーパーマンパンチを受けたウルフは、「ギャン!」という言葉を残して、何度かバウンドしながら吹き飛んでいった……。


「というか、なんでスーパーマンパンチ……」


 十歳の幼女が大きな犬をスーパーマンパンチでぶっ飛ばす姿は、とても異様な光景だった……。


「えぇと、お疲れ様でしたー」


「うむ。お疲れ様でしたー」


 とりあえず戦闘を終えたユグドラシルさんの元に駆け寄り、いつもの挨拶を送った。


「さっきのはいったい……?」


「スーパーパンチじゃ」


「スーパーパンチ……」


 名前が微妙に違うな……。まぁそりゃそうか。


「わしのスキルアーツじゃ。『体術』スキルレベル1のスキルアーツじゃな」


「そうなんですか……」


 スキルアーツなんだ……。


「まぁ今回は発声なしじゃったので、発動はせんかったが」


「なるほど」


 スキルアーツとして発動させるまでもなかったということだろう。

 実際に、ウルフ君は一撃で粉砕されてしまった。


「えぇと、なんだかすごいものを見ました……」


「そうじゃろうそうじゃろう」


「ありがとうございましたユグドラシルさん」


「うむ」


 とりあえず貴重な体験だった気がする。なんだか珍しいものが見られてよかった。


 それにしても、『体術』スキルレベル1のスキルアーツが『スーパーマンパンチ』とは……。


 これは、レベル2やレベル3が気になるな。

 もしかしたら、『カーフキック』や『三日月蹴り』が見られるかもしれない……。


 いや、関節技や絞め技の可能性もあるか……? 『飛びつき腕ひしぎ逆十字固め』や『リア・ネイキッド・チョーク』なんて可能性も……?


 今度、そっちも見せてくれないかな……。



 ◇



 ダンジョンマラソンを終えて、ついでにお遊戯会も終えた僕は、ユグドラシルさんと一緒にダンジョンから外へ出た。


「さて、ではわしは帰るかのう」


「あ、もうここでさよならですか?」


「うむ」


 どうやらユグドラシルさんは、このまま帰るつもりらしい。


「今日は泊まっていかないんですか?」


「せっかく森の中におることじゃし、このまま帰ろうと思う」


「あぁ、ワープできるんでしたっけ?」


「うむ」


 以前ユグドラシルさんに、普段いるところからメイユ村まで、どのくらいかかるか聞いたことがある。

 そのときの答えは、『一瞬』とのことだった。


 ユグドラシルさんいわく、エルフの森であればどこへでも一瞬でワープできるらしい。


「では、わしは帰る。アレクはこれからも修練に励むように」


「はい」


「そしてレベルが上がったら、必ず連絡するように」


「はい」


「必ずじゃ。必ずすぐに連絡するのじゃ」


「はぁ……」


 そこまで念を押さなくても……。


「うむ。では、お疲れ様でしたー」


「お疲れ様でしたー」


 二人でいつもの挨拶をかわし、ついでにハイタッチをかわす。


 そして、ハイタッチをかわした両手を下ろす頃には――すでにユグドラシルさんは消えていた。


「なんだか微妙にホラーっぽい……」


 さっきまで話をしていて、ハイタッチをかわしていたはずのユグドラシルさんが、こつ然と姿を消してしまった……。

 まるで神隠しにでもあったかのように……。


「まぁいいや、とりあえず僕も帰ろうか……。あ、その前にキャバ――教会に寄っていこうかな」


 今日も一日、一生懸命マラソンをこなした。もしかしたらレベル20に到達しているかもしれない。

 それを確かめるためにも、帰る前にちょっと教会で鑑定していこうじゃないか。


「だけど、もしこれでレベルが上がっていたら、再びユグドラシルさんを呼び寄せないといけないのか……」


 なんて二度手間だ。ついさっきユグドラシルさんと別れたばかりだというのに……。


 まぁもし本当に上がっていたら、ある意味最高のタイミングだったはずなんだけどね。

 レベルアップしたら呼ぶように言われているユグドラシルさんと、一緒にいるときにレベルアップしたってわけだし。


「まぁ、ないか」


 さすがにないか。

 そうそうそんな都合の良いことは起こらなかっただろうし、そうそうそんな都合の悪いことも、起こらないだろうさ――





 next chapter:レベル20到達

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