第143話 ナナさんの初狩り
ダンジョン開放四日目。
初日は父と、二日目はディアナちゃんと、三日目はレリーナちゃんと探索を行った。
そして今日が四日目。今日はナナさんとダンジョン探索。
つまりは――ナナさんの初狩りだ。
「準備はいいかなナナさん?」
「はい。
「そっかそっか、弓も持っているよね?」
「もちろんです」
ナナさんの弓は、三ヶ月ほど前に父にお願いして用意してもらった物だ。
それからナナさんは訓練場にて、射撃訓練を行った。
僕も初訓練のときには付いていったけれど、ナナさんの訓練を見た感想としては――
『僕より上手いんじゃないかな……』
……というものだった。
まぁナナさんは僕の知識と経験を丸々受け継いでおり、おまけに『筋力値』と『器用さ』は僕の倍以上もある。そう考えたら、僕より弓が上手くてもおかしくない。
これほどの技術があるのだし、もう普通に森で狩りをしてもいいんじゃないかと、僕はナナさんに提案した。
しかしナナさんは、『別に急いでいるわけでもないので』とのことで、ダンジョン開放を待つことになった。
……たぶんナナさんは、以前僕が話した『なんちゃってヤラセハンティングではなく、ちゃんとした初狩りをダンジョンでやってほしい』という願いを、叶えてくれるつもりなのだろう。ありがとうナナさん。
そんなわけで今日、いよいよナナさんの初狩りが、ダンジョンにて開催される。
「それじゃあ出発――の前に、ちょっと確認しようか。『ダンジョンメニュー』」
出かける前に今日の天気をチェックする感覚で、僕はメニューを開いて探索者数を確認した。……実際天気予報とかついていたらいいのにね。
「また増えてる……」
「ほうほう。大人気ですね、マスターのお遊戯会は」
「うーん……やっぱりエルフの口コミは侮れない。昨日なんて母まで来ていたからなぁ」
「らしいですね。『ちょっと息子の晴れ舞台を見てくるわ』と言って、
……止めてくれたらよかったのに。
「だけど今日に限っては、ナナさんの作った新エリアが目的って人もいるんじゃない?」
ナナさんが新たに作った2-1エリアを探索するためにダンジョン入りした人もいるはずだ。
過去の傾向でも、新たにエリアが拡張されると翌日は来場者数が伸びていた。
「実際どうですか? そこそこ集まっていますか?」
「うん。2-1にもずいぶん人がいるよ」
うらやましい。僕ら子供エルフは入れないのに、大人エルフはこうして2-1を楽しんでいる。
「あ、というか、うっかりメニューを開いちゃったな……」
「はい? なにかまずいのですか?」
「やっぱり2-1エリアは詳しく調べずに探索しようかなって。……まぁすでにいくつかネタバレされちゃったんだけどさ」
せっかくナナさんが一人で作ってくれたんだ。開放されたときには新鮮な気持ちで楽しみたい。初見プレイを楽しみたい。
「では私も2-1については話さない方がよいのでしょうか?」
「うん。ごめんね、そうしてくれるかな?」
「ええ、わかりました」
というわけで、僕はこれ以上ネタバレを見ないようにメニューを閉じようと――
「うん?」
「……どうかしましたか?」
「んー……」
何やらダンジョン名が、変更されている……。
ダンジョンメニュー内に表示されるダンジョン名。
最近は毎日ころころ変えられているわけだが、昨日僕が気付いたときには――
『ユグドラシルさんとナナアンブロティーヴィフォンのダンジョン』
なんて名前だった。それを僕が修正した結果、ダンジョン名は――
『アレクシスとユグドラシルさんとナナのダンジョン』
と、なったはずだ。……だがしかし、またしても名前が編集されていた。
新たなダンジョン名は――
『アレクとユグドラシルさんと有能なナナのダンジョン』
なんだそれ……。
フルネームを入れるは諦めたらしいが、なんだか妙な枕詞が追加されている。
ナナさん、自分で自分のことを『有能』とか書いちゃうんだ……。
というか、何故だナナさん。何故『アレクシス』から『アレク』に変えたんだ。僕の『アレクシス』は、たった二文字増えただけじゃないか。いいじゃないかそれくらい。
……とりあえず、もろもろ修正しておこうか。
僕はポチポチとダンジョン名を編集して――
『剣聖と賢者の息子にして神々の
……うん。
ひとまず『有能な』を消してから、『剣聖と賢者の息子にして神々の寵児』なんて紹介文を追加してみた。
僕はナナさんのように自信家ではない。自分で自分のことを『有能な』とか『優秀な』なんて書けない。なので――有名人に頼ってみた。
剣聖と賢者の息子であることは事実だし、たぶん神々の
ユグドラシルさんとは友達だし、ミコトさんとも仲がいい。何よりディースさんには寵愛どころか
「それじゃあ出発しようか?」
「……ふむ」
「ナナさん?」
「いえ、行きましょう」
僕がダンジョン名を編集している様子を、不審な目で見ていたナナさん。……この様子だと、明日にはまた名前を編集されていそうだ。
いつの間にか始まってしまった、僕とナナさんの不毛な編集合戦。争いの間に挟まれたユグドラシルさんが、なんだか少し可哀想だ……。
◇
「うん?」
「どうかしましたか?」
「僕の第六感が働いた」
「第六感? あぁ、的中率が低いと
「うん。あっちの方に敵がいる――かもしれない」
ダンジョンへ向け、ナナさんと森の中を進んでいたところ、僕の索敵に敵が引っかかった――ような気がする。
進行方向の右手側に何かいる――可能性がある。
「ちょっと調べてみようか」
「それは構いませんが、以前言っていたように十分も二十分も見えない敵に
「それはわからない」
弓の準備をしつつ、『索敵』スキルが反応した場所へ歩を進めると――
「お、今回は的中したみたいだ」
「ほうほう。やりますねマスター」
「ありがとうナナさん」
前方に――歩きキノコを発見した。
……なんだか僕は歩きキノコとよく出会う気がする。別に会いたくもないのに。
「じゃあ、サクッと討伐するね?」
「はい。……あ、私が射ってみてもいいですか?」
「え? うん。別にいいけど」
「では失礼して」
こちらに気付きもせず、てくてくと歩く歩きキノコ。その後姿目掛けてナナさんが弓を構えた。
なかなかどうして堂に入った構えだ。構えすら僕より美しい気がする……。
一応これがナナさんの初戦闘になるわけだが、まぁナナさんなら大丈夫だろう。僕より強いし、相手は歩きキノコだし。
例え初戦闘だとしても、問題なく倒せるだろう――
――って、ここで倒しちゃダメじゃん!
ナナさんの初狩りが終わってしまう! 初狩りはダンジョンでと、二人で決めていたのに!
「ナナさん! 初狩りはダンジョンって――!」
「あ――あ」
ナナさんが、二度『あ』と言った。
最初の『あ』は、初狩りはダンジョンで行うという話を思い出した『あ』だろう。
二度目の『あ』は、うっかり弓の
こうしてナナさんの弓から、矢が放たれてしまった。
これはまずい。このままでは歩きキノコを倒してしまう。ナナさんの初狩りが終わってしまう――!
「「歩きキノコよけろーっ!!!」」
僕とナナさんは、揃って同じ警告を叫んだ。
同じ台詞のチョイスとは、さすがナナさんだ。僕の経験を受け継いでいるだけある。
……だがしかし、放たれた矢を
「あー……」
残念だ。僕らの祈りも言葉も、歩きキノコには届かなかったか……。
まぁ『歩きキノコよけろーっ』の『歩き』あたりで、すでに胴体を貫いていたし仕方ないんだけどさ。
「あれは死んじゃったかな……」
「あのバカめ……。どういう技か見切れんのか」
「見切るも何も、歩きキノコはこちらを見てすらいなかったけどね……」
いつものように倒れた歩きキノコに近寄り、矢で足をツンツンと突くが……
「死んでる……」
「そうですか……」
こうしてナナさんの初狩りは、あっけなく終了した……。
next chapter:喧嘩売ってんのか山田
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