第116話 策を練ろう


「無限湧きなんだよね? 次はどうしたんだろう?」


 右手に世界樹の剣を持ち、なんとなく左手で戦利品である大ネズミの皮を弄びつつ、僕はナナさんに尋ねた。


「リポップは二十分後ですね」


「二十分後かー」


「ちなみに、エリア内には最大三体までポップできます。ポップする条件はいろいろと変えられますが、このエリアの不殺ふさつ大ネズミはそうなっています」


「案外効率的には悪くないなぁ」


 メイユ、ルクミーヌ間は往復四時間弱かかるけど、一度もモンスターに会わないこともある。

 そう考えると二十分で確実に遭遇そうぐうできるのは、相当美味しい。


「それにしてもマスター、剣もなかなかのものですね」


「え? ああ、ありがとう」


 そういえば、ここに来るまでは弓しか使っていなかったっけ。


 先ほどの戦闘では、剣を使い大ネズミを一撃で仕留めた。確かにこれはなかなかの――まぁ剣が凄いってのと、大ネズミが弱いってだけな気もする……。


「ところでナナさん、不殺大ネズミは相手が瀕死だったら攻撃中止するんだよね?」


「はい。といっても死んだフリ程度では誤魔化されません。相手の表情や呼吸、発汗、出血――総合的に見て判断します」


 そんな判断をしているからコストが高いんだろうな……。


「さらにはダンジョンコアとリンクし、相手の情報を入手することにより――」


「えぇと、つまりさ、相手は瀕死なんでしょ?」


「そうですね。攻撃を中止したとき、間違いなく相手は瀕死です」


「じゃあさ…………結局死んじゃわない?」


「…………」


 ナナさんの動きが止まった。やっぱりそうなのか……。


「だよね。いくら攻撃を中止したところで、瀕死状態なんだから結局死んじゃうよね」


「盲点でしたね……」


「うん……」


「どうしましょう……?」


「どうしようか……」


 このままでは不殺大ネズミは、相手をいたぶった後、とどめも刺さずに死にゆく者を近くで眺めるという、とても醜悪しゅうあくで悪趣味なネズミになってしまう。


 これは困った。せっかく高いポイントを払って買ったんだし、どうにか機能させたいところだが……。


「どうにかしよう。どうにかするための――さくろう」


「策を……?」



 ◇



「無駄遣いだと思います。さすがにこれはダンジョンポイントの無駄遣いだと思います」


「しょうがないじゃないか、これしか考え付かなかったんだから……」


 瀕死になった探索者を救助するための方法として、僕らはあるモンスターを作成した。

 それが――『救助ゴーレム』だ。


 ロックゴーレムを改良して作った、戦闘行為を行わない救助用のゴーレム。このゴーレムで瀕死の探索者を、ダンジョンの出口まで運ぼうと僕らは考えた。


 しかし、それだけならば結局瀕死の探索者は死んでしまうかもしれない。

 なので――頭頂部に薬草を生やした。


 ダンジョン内をうろつく救助ゴーレムは、瀕死の探索者を発見すると、とりあえず頭頂部の薬草を引っこ抜き、探索者の口内に突っ込む。

 それから探索者を出口まで運んでくれるのだ。


「アンパ◯マンみたいですね」


「アンパ◯マン……」


「僕の薬草をお食べよー」


「……い、いいじゃないかアンパ◯マン。アンパ◯マンで大いに結構。むしろアンパ◯マンらしい活躍を期待している」


「しかし問題はコストですよ。コストがひどいです」


「まぁねぇ、それはねぇ」


 やはり救助ゴーレムにも瀕死状態の見極みきわめ能力が必要なので、コストが跳ね上がった。

 そして、頭頂部に薬草を生やすカスタマイズも、そこそこお高い。


「ヒカリゴケに関しては、本気で無駄遣いだと思います」


「せっかくなので……」


 せっかくなので、救助ゴーレムの体にはヒカリゴケを生やしてみた。


「わかりやすくていいじゃないか」


「確かにわかりやすいでしょうけど……」


「ほら見てみなよ、あんなにわかりやすい」


 すでに救助ゴーレムは作成され、購入してしまった。今もこのエリアをうろついている。


 今はエリアの端っこを、うろうろしている。……ん?


「……壁の近くだと、壁のヒカリゴケと救助ゴーレムのヒカリゴケが同化して、案外わかりづらいね」


「ダメじゃないですか……」


 なんか完全に風景に溶け込んでいる……。

 なるほど。ヒカリゴケで世界一目立つギリースーツを作ろうと思っていたけど、ダンジョンの壁付近なら隠れることができるのか……。


「とりあえず不殺大ネズミと救助ゴーレムによって、ダンジョン内の平和は約束された」


「ダンジョンなのに平和とはいったい……」


「なんとなく僕が目指すダンジョン像が見えてきた気がするよ。――安全性だ。とにかく安全安心をアピールして、探索者さんに大勢来てもらおう」


「安全性ですか。確かにあながち悪い発想だとも思いませんが……」


 ナナさんも褒めてくれている。よしよし、この方向性で頑張ろう。


「あ、これならもしかして、あれに使えるんじゃない?」


「あれ?」


「初狩り。ここまで安全に狩りができるのなら。初狩りでも使えるでしょ?」


「あぁ、なるほど」


 すごい、すごいぞ。そうしたら、もうあのなんちゃってヤラセハンティングをしなくてもいいんだ。


「これは……すごいことだよナナさん。もしかしたら、ここは聖地になるかもしれない。十歳を迎えたエルフは、みんなここで初狩りを行うことになるかもしれないんだ!」


「まぁ、そんなに遠くからは来ないでしょう」


「…………」


「そもそも初狩り前の子供をここまで連れてくることが危険ですよ。それよりも近場で、気絶させたネズミかキノコに弓を射たせた方が楽ですし安全です」


 確かにその通りかもしれない……。けれど、もう少し言い方ってものがあると思う。もう少し優しく指摘してほしかった……。


「さて、それでどうしましょう。もうダンジョンポイントがほとんど残っていないのですが」


「そうね……」


 異常なほど高コストな不殺大ネズミと、それに輪をかけてお高い救助ゴーレム。実はこれだけで初期ポイントのほとんどを使い切ってしまった。


 あ、もしかしてナナさんは、僕がダンジョンポイントを湯水のように使ったからおかんむりなのかな?


「とりあえず、この陣容じんようで頑張るしかないんだけど……」


「問題はダンジョンコアの守りですよ。どうしましょう、現状母はむき出しなのですが」


 そこなんだよね、そこが問題だ。というかダンジョン設営なんて、本来はそこだけが問題な気がする。


「うーん……。エリアを一つ追加するくらいはできるよね?」


「それくらいならば」


「もう完全に隔離かくりされたエリアとか作れないの? それでコアはそこに移すとか」


「無理です。コアがつながっていないエリアは、ダンジョンとして機能しません」


「やっぱダメか」


 困ったな。しかしなんとか守りは固めたい。

 なんといってもダンジョンコアは、ナナさんのお母さんなんだ。僕の妻ではないけれど、とりあえずちゃんと守護まもりたい。


「どうにかしよう……。どうにかするための――策を練ろう」


「策を……」



 ◇



「…………」


「…………」


「……ある意味、とても厳重げんじゅうな守りにはなったと思う」


「そうですね……」


 なけなしのダンジョンポイントを使って、僕らはダンジョンに一つだけエリアを追加した。

 そして新設されたエリアの方へ、ダンジョンコアには移動してもらった。


 既存のエリアと、コアのいる新設エリア、さえぎるものは扉一枚。

 鍵もかかっていない、誰でも通れる薄い扉一枚だ。


 しかし扉には、ある一文がしるされている――


『ダンジョンコアを壊さないように。――世界樹ユグドラシル』


 これで普通のエルフなら、ダンジョンコアを壊すようなことはしないだろう。


 ユグドラシルさんには、あとで謝ろう……





 next chapter:カッコカリ

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