第94話 VS大ネズミ


 ソロハンターの道を歩み出してから三週間。今日も僕は森へ向かう。


 残念ながら、大ネズミを用いた回復薬の動物実験は未だ成功していない。このミッションは、当初僕が想像していた以上に難易度が高いものだった。


 難易度を上げている大きな要因は二つ。

 『大ネズミを見つけること』『大ネズミを瀕死にすること』――この二つが、ミッションの達成を困難にしている。


「……案外いないよね、大ネズミ。大ネズミにはネズミ算が適用されないんだな」


 まぁモンスターは瘴気しょうきを吸収することでしか誕生しないそうなので、そりゃあそうなんだろうけど。


「あとあれだ、大ネズミ以外のモンスターを見つけた場合が大変」


 目的の大ネズミではないとはいえ、やはりモンスターは討伐すべき対象。見つけ次第倒した方が良いとされる。

 というか、そもそも 『素早さ』が3しかない僕では、逃げるのも一苦労だ。下手をしたら逃走中に別のモンスターと鉢合はちあわせて、はさちにされてしまうかもしれない。


 そんなわけで、すべてのモンスターを見つけ次第討伐しているのだが……討伐したからには命に感謝しながら解体し、お肉を頂戴ちょうだいしなければならない。この解体作業に、結構な時間がかかる。


 小さいモンスターなら、そのままマジックバッグに収納し、村に帰ってから解体――なんてこともしているのだが、やはり解体はその日のうちにしておきたい。

 なので帰還後に解体する時間も考えて、早めに狩りを切り上げることになる。となると結局は狩りの時間が削られる。

 そういったわけで、大ネズミ以外のモンスターを何体か仕留め、そのまま村に帰還――なんて日々が続いている。


 ちなみに、そんなソロハンター生活中に、ボアを発見し討伐することにも成功したので、僕は名実めいじつともにソロハンターを名乗れる立場になった。少し嬉しい。


「それから、運良く大ネズミを見つけられても、大ネズミを瀕死状態にさせるっていうのが難しい。やっぱり弓だとこれがなかなか……」


 弓で殺さない程度に痛めつけるってのが、なかなかどうして難しい。

 なんせ大ネズミは弱い。すぐ死ぬ。頭部や胴体の急所きゅうしょを狙っているわけでもないのに、結構死ぬ。

 運良く大ネズミを発見できたのに、うっかり殺してしまったことも数多く経験した。


「あとはなんだろう。モンスターに出会わず、そのままルクミーヌ村に着いちゃったことも結構あったな」


 せっかく着いたのに、そのまま帰るのもなんだかもったいない気がして、とりあえずディアナちゃんに会いに行っていた。

 この三週間は、結構な頻度でディアナちゃんと遊んでいた気がする。


 ちなみにディアナちゃんは、つい先日十歳になった。初狩りも無事に終わったらしい。

 『おめでとう』と伝えたところ、『アレクが驚かすから、ちょっとだけ怖かったんだけど?』と言われて小突かれた。


 どうやら初狩りについて真剣に語って応援したことで、むしろ恐怖をあおってしまったらしい。

 だというのに、実際の初狩りはとんでもなくヌルいもので、ずいぶん拍子抜ひょうしぬけしたという。


 余談だが、ディアナちゃんの初狩りでは、気絶した歩きキノコが連れてこられたそうだ。

 歩いてもいない歩きキノコ。ただのでかいキノコに矢を放っただけで終了し、ディアナちゃんは大層困惑したとかなんとか――


 なんだか話がだいぶそれてしまったが、僕のソロハンター生活はこんな感じだ。

 改めて振り返ると、まぁまぁ順調な気がしないでもないが、やはり肝心の実験が終わっていないのが口惜しい。いい加減に決めたいところだ。



 ◇



「『パラライズアロー』」


「キー!」


「……ど、どうかな?」


 大ネズミが、『パラライズアロー』の効果で麻痺したまま倒れた。……これは、いい感じで瀕死なんじゃないか?


「急ごう。このままでは大ネズミが死んでしまう」


 僕はマジックバッグをあさりながら、慌てて大ネズミに駆け寄った。

 久々にチャンスが来た。急いで大ネズミに回復薬を飲ませねば。


「よし、まだ生きているな。しっかりしろ、傷は浅いぞ」


 とりあえず僕は大ネズミを励ましながら状態を確認する。……あんまり浅くもないな。手とか取れちゃってるし……。


「まずは棒、棒で口を……こ、怖いな」


 前にもいい感じで瀕死にできたことはあったのだけど、どうやって回復薬を飲ませるために大ネズミの口を開かせればいいのかわからず、まごまごしているうちにそのときの大ネズミは死んでしまった。

 普通に手で開かせればいいのかもしれないけれど、なんだか噛まれそうで……。


 なので今回は、あらかじめ木の棒を用意しておいた。自室に転がっていた、なんの変哲へんてつもないただの木の棒だ。


 この棒を使って大ネズミの口を開かせようとしているのだけど、生きているモンスターに近付くだけでも結構怖かったりする。

 なにせ普段は遠距離でチクチクしているだけだから……。


「な、なんとかこの棒で……妙に手に馴染むこの棒で……よしよし」


 なんなんだろうね、この棒? 長年使い続けていたかと錯覚さっかくしそうなくらい、妙に手に馴染む木の棒だ。

 まるで、毎朝振り回していたかのような錯覚を覚える……。


 とにかく、そんな木の棒を駆使くしして、大ネズミの口を開かせることに成功した。

 続いて僕は回復薬の準備を始める。今回試すのは、回復薬セットの中で一番数が多かったノーマルの回復薬だ。


 右手は木の棒を握っているので、左手だけで四苦八苦しながらビンのフタを開ける。なんとかフタを開けることができたので、とりあえずフタは口にくわえておき、僕は回復薬を構えた。


「よひ、ひゃあ、ほはへよう」


 やはり若干ビビりながらも、上から垂らすようにして大ネズミに回復薬を飲ませる。

 ……まぁ僕も怖いけど、大ネズミも怖いだろうな。突然攻撃を受けて、わけのわからない薬を飲まされるんだから……。


 なんか、前世でそんな漫画を読んだ気がする……。確か、主人公が謎の組織に薬を飲まされて――


「ふぁ」


 ビビっていたせいか、もしくはシチュエーション的に若返りの薬を飲ませるべきか悩んだためか、僕は投与する薬の量をうまく調整できず、結構な量を大ネズミに与えてしまった。三分の一くらい飲ませてしまっただろうか。


「ひひや、ほりあえふ――飲ませることには成功した」


 しっかりと回復薬のビンを締め直し、ただの棒を大ネズミの口から引き抜いた僕は、距離をとって観察する。


 いろいろあったが、ようやく実験開始だ。

 なんだかんだで、実験まで三週間かかってしまった。――いや、もっといえばルーレットで回復薬セットを手に入れてから、もう一年半か。

 一年半もかかったが、ようやく回復薬の効果を確認できる。


 ――さぁ、どうなる?





 next chapter:VS大ネズミ2

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