第72話 フラフープを回しながら迫ってくる幼女
「お主がどうしてもというなら……してもよいぞ?」
しばらく下を向いて考え込んでいたユグドラシルさん。
顔を上げたと思ったら、なんだか覚悟を決めたような表情で、おかしなことを言い出した……。
と、突然何を言い出すんだユグドラシルさん、こんな昼間っから――――というか、ちょっと前にもあったねこれ。
あのときの経験が活きたな……。あれがなければ、僕はまたおかしな勘違いをしたまま慌てふためいて、すれ違いコントを始めていたことだろう。
あと、ユグドラシルさんがフラフープを回し続けていたこともプラスに働いた。
さすがにフラフープを回しながら誘惑してくる人はいないだろう。どんだけ前衛的なアプローチだって話だよ。
「どうした?」
「えぇと……してもいいとは、何をでしょう?」
僕は素直に聞き返すことにした。
レリーナちゃんのときも、素直に聞き返せばよかったな……。というか、話す側が大事な部分を省力して話さないでほしい。
「うむ。わしがお主を、死なない程度に痛めつけてもよいぞ?」
「えぇ……」
なんだかユグドラシルさんが、とても物騒なことを言い出した……。
急にユグドラシルさんがとんでもない提案をしてきたかと勘違いしそうになったけれど……実際にとんでもない提案だった。
僕は業界の人じゃないから、そんなことをされても嬉しくはないんだけど……。
そもそも業界の人だって、そこまでガチでやられたら喜ばないんじゃないのかな……。
「な、何故そんな酷いことを……?」
「べ、別にわしもお主をなぶりたいわけではない。……じゃがな、わしがお主にダメージを与えることで、お主はレベルが上がるのじゃろ?」
「あ、世界樹式パワーレベリングですか」
「変な名前をつけるな」
「す、すみません」
「それで、どうじゃ? やってみるか?」
どうじゃって言われても……。
「申し出はありがたいですけど、そんなズタボロにされるのは嫌ですよ……。明日にはもう初狩り本番ですし」
「魔法で治せばよいじゃろ?」
その考え方もどうかと思うんだけどなぁ僕は……。
とはいえ、そうか魔法か。魔法で治せるとなると、一考の余地はあるだろうか?
「なるほど。だけど大丈夫なんですかね? いくら魔法でも、そんな瀕死状態から一日で完治できるのでしょうか?」
「まぁ大丈夫じゃろ。お主もこの村のヒーラーは優秀じゃと言うておったじゃろ? なら問題はないはずじゃ。たぶん」
「たぶんて……」
確かにジスレアさんは優秀だと思う。なんでもすぐに治してくれるし。
だけど僕は今までそんな重傷を負ったことはないし、重傷を治してもらったこともない。ちょっと不安だ。
「うーん。とりあえず保留させてください。ユグドラシルさんは、いつまでいてくれるんですか?」
「お主の初狩りが終わるまではおるかの?」
「あぁそうですか、ありがとうございます。……それなら、僕はこれから初狩り前、最後の鑑定に行ってきます。そこでレベルが10に上がっていなかったら――」
「ふむ?」
「もしかしたら……軽めにいたぶってもらうかもしれません」
「う、うむ……」
ソフトSMかよ……。
ソフトなやつでレベルアップできるかはわからないけれど、さすがにガチでボコられるのは勘弁だ。
痛いのも嫌だけど、何よりユグドラシルさんに半殺しにされたくない。ユグドラシルさんの存在自体がトラウマになってしまいそうで、ちょっと怖い……。
「というわけで、僕は教会へ行ってこようと思います。ユグドラシルさんも行きますか?」
「うーむ……やめておこう。どうにもローデットを見ると、小言を言ってしまうのじゃ」
「まぁ、それは……」
「それに、もう少しこれを続けたい」
「フラフープですか?」
「もう少しで何か掴める気がするのじゃ……」
「そうですか……」
よくわからないけど……とりあえず僕が作ったフラフープを、ここまで楽しんでくれているのは嬉しい。
しかし、これだけ長いこと話しているのに、ユグドラシルさんは途切れることなくフラフープを回し続けている。もう十分フラフープ熟練者と言えるんじゃないだろうか?
これ以上練度を上げたところで、何か変化があるようにも思えないんだけど……。
あ、それなら、もう二つ三つ作ってもいいかもな? 前世では、大量のフラフープをいっぺんに回している人を見たことがある。あれにチャレンジしてもらおうか?
まぁユグドラシルさんの体格では、それほど多くのフラフープを回すことはできないかもしれないけど…………ん? あれ?
「……ユグドラシルさん、ちょっと大きくなっていませんか?」
「お主は久しぶりに会った親戚か……」
なんだか俗世にまみれたツッコミだなぁ……。確かに親戚って、会うたびにそんなこと言いそうだけど。
「いや、しかしですね、初めて会ったときに比べて、ちょっと大きくなっているような……?」
「うむ。成長させておる」
「え、成長させて……? どういうことです?」
「この村に初めて来たとき、わしは外見をお主の年齢に合わせたのじゃ」
「ああ、チラッと言っていましたね、そんなこと」
「元々はお主を怖がらせないためじゃったが……今は別に子どものナリをしている意味はない」
そういえば、そんな配慮からユグドラシルさんは幼い姿で僕の前に現れたんだったか。
……まぁ結局僕はユグドラシルさんのサイズよりも、ユグドラシルさんの緑髪に怯えてしまったわけだが。
「とはいえ、この村ではこの姿で認知されておる。わしが急に大人になったら、みんな戸惑うじゃろ? なので、今もお主の年齢に外見を合わせておる」
「はー、なるほど」
僕に合わせるように、自身の外見も成長させていると……なんだか面倒なことをさせて申し訳ない。
「――って、え? それはまずいですよユグドラシルさん!」
「な、何がじゃ?」
「あと数年で、立派な大人バージョンになってしまうってことじゃないですか!?」
「そうじゃが……?」
「の、のじゃロリではなくなってしまうということですよ――痛っ」
ユグドラシルさんがフラフープを回しながら僕に近づいてきて、僕の側頭部にフラフープを直撃させた。
ふ、フラフープを武器として使いこなしている……。
「その言葉は二度と使うなと言ったじゃろうが」
「も、申し訳ありません……。いや、ですけど、ですけどね? さすがにそれは……」
「なんなのじゃいったい……」
「できたらでいいんですが、これ以上の成長は控えていただけると……」
「なんでじゃ……」
「それはその、需要がですね……」
「お主は何を言っておるのじゃ……」
のじゃロリを捨てるなんて、とんでもない。
今更大人になられたら、ユグドラシルさんのキャラクターが薄まってしまう……。
それに、もし大人バージョンになるとしても、もっと魅せ方ってのがあると思うんだ。そんな風にだんだん成長していったら、なんのインパクトも残せない気がする……。
「ここはやはり――普段は幼いバージョンで過ごしていただき、いざという場面のみ大人バージョンに変身してもらって、颯爽と登場なんかしていただけると感無量なんですが……」
「意味がわからん……」
僕がピンチに陥った場面とかでは、是非そんな感じで登場して、僕を助けていただきたい。
next chapter:ラストチャンス
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