第71話 タイムアップ
いよいよ時間がなくなってきた。
というより、もう時間がない。
明日は僕の十回目の誕生日。初狩りの儀式は明日行われる。
初狩りまでにレベルを10に上げ、チートルーレットで戦闘用チートを獲得する――これを目標として、僕は今まで努力してきた。
――だがしかし、僕のレベルは未だに9のままだ。
まいった。いったいどうしたものか。なんとか今日中にレベルが上がらないものかと、朝から黙々と木工をしているのだけど、果たしてこれで間に合うのだろうか……。
もしかして、剣か弓の方がいいのだろうか? 経験値的にはいったいどれが美味しいのだろう?
「というか、何故レベルアップまでに必要な経験値を教会は教えてくれないんだ……」
普通は教えてくれるものだろう、教会ならば……。
それすらないのだから、僕はなんの変化もない鑑定結果を、もう何度も何度も何度も見ることになったぞ。なんだかローデットさんにも同情的な目で見られたぞ。
もういっその事、村をこっそり抜け出して、森でモンスターでも狩ってこようか――そんな考えまで浮かんでくる。
なんだか本末転倒もいいところだ。初めてモンスターを狩るから『初狩り』と呼ばれているのに、その初狩りに向けた準備として、モンスターを狩ろうっていうんだから……。
「さすがにそこまで無茶なことはしないけど、このまま木工を続けていてもいいのかな……」
どうなんだろう。残り少ない限られた時間の中で、僕はいったい何をするべきなんだろう……。
答えを出せないまま、僕は木工作業を続ける……。
そこでふと尿意を覚えた僕は、朝からやっていたユグドラシル人形制作の手をいったん止め、トイレに行こうとして――
「そういえば、この家にも一匹モンスターがいたな……」
トイレで思い出した。我が家にも一匹モンスターがいる――というか住んでいる。
我が家のゴミ処理を一手に引き受けてくれている、働き者の頼れるモンスター――スライムだ。
「いやいやいや、だけどあれは倒しちゃダメだろ、怒られちゃうよ……。あれは悪いスライムじゃないから、家庭用の良いスライムだから……」
あのスライムとは長年一緒に暮らしていて、愛着も湧いている。スラ吉なんて名前を付けて、毎日感謝を捧げているくらいなんだ。スラ吉を殺すなんて、僕にはできない……。
そもそもスライム一匹が、どの程度経験値をくれるかもわからない。しょせんスライムだし、あんまりくれそうにもない……。
「うん。やっぱり倒しはしないけど……とりあえず尿意はあるのでトイレには行こうか」
◇
いつものようにスライムに感謝を捧げてから、部屋に戻ってきた僕。
ドアを開けて、一歩室内へ足を踏み入れると――
「痛っ」
え、何? なにやら腕に軽い衝撃を……。
「あ、すまぬ」
「え? あぁ、お久しぶりです――――ユグドラシルさん」
「うむ」
緑の髪と瞳をもつ美しい幼女が、いつの間にか僕の部屋に侵入していた。
その幼女とは――何を隠そう僕らエルフ族の神、世界樹ユグドラシルさんだ。
かれこれ一年ほど前になるだろうか、僕はユグドラシルさんと出会い、そして別れた。それはそれは感動的なシーンだった。
あのときはユグドラシルさんは、『では、またいつか』と、言い残し去っていった。僕としても、『長い時を生きるエルフなら、いつか再会することもあるかもしれない』なんて考えていたけど――実際、すぐに再会した。
別れてから二週間ほど経ったある日のことだ。ユグドラシルさんは僕の部屋にひょっこり現れて、食事をしてから帰っていった。
その後もユグドラシルさんは度々この村に現れて、一緒に遊んだりご飯を食べたりしている。……案外暇なのかな?
今日の来訪もそこそこ久しぶりではあるけど、たぶん前回から一ヶ月も経っていないと思う。……やっぱり暇なのかな?
とにかく、そんなユグドラシルさんが僕の部屋で――フラフープを回していた。
「今日来たのは、お主に……なんじゃ?」
「え? いえ、なんでもありません……」
だって気になるだろう、部屋でフラフープを回している人がいたら……。
というか、回しながら会話するのか……。
ユグドラシルさんが回しているフラフープは、少し前に僕が竹で作った『木工』シリーズ第二十五弾『フラフープ』だ。
以前ユグドラシルさんに見せたら気に入っていた様子だったけど、今日も僕の部屋に侵入して、何とは無しに早速フラフープを回し始めたらしい。
僕はそんなユグドラシルさんに気が付かず、部屋に戻ってきたところで腕にフラフープがぶつかってしまったわけだ。
「今日来たのは、レベル上げの
「それは……。わざわざありがとうございます」
なんとも情に厚い神様だ。わざわざ覚えていて来てくれたのか。
……まぁ普段から用事がなくとも
「うむ。それで、実際どうなのじゃ?」
「残念ながら……」
「そうか、まだレベルは上がらんか……」
「はい」
「まぁそもそも初狩りに対してそこまで身構える必要はない、気楽に挑め――と言っても、お主は聞かんからのう」
「すみません……」
会話自体はシリアスな雰囲気だし、真面目なトーンで話しているんだけど、なんせユグドラシルさんがフラフープを回し続けているからな……。どうしてもシュールな感じになってしまう。
「とりあえず今日の夜までは粘ろうかと思います。そういうわけで、こんなふうに朝から木工をやっているところでして」
僕はユグドラシルさんに、作りかけのユグドラシル人形を見せた。
「これは、わしじゃな?」
「はい」
初めてユグドラシルさんと出会った日、ユグドラシルさんは僕をかばうため、僕に話を合わせてくれた。
あの日あのときの恩義に報いるため、僕はこうしてコツコツとユグドラシル人形を作り続けている。
まぁこれが恩義に報いることになるのかはわからないけど……あの瞬間、僕は人形を作ろうと心に決めたので、それを実践している。
今作っているのは、通算四体目のユグドラシル人形だ。ちなみに記念すべき一体目は、ユグドラシルさん本人にプレゼントした。
「前に貰った物もそうじゃが……どうにも神像という感じがせんのう」
「そう……ですかね?」
「うむ。わしの像を彫る人間は他にもおるし、教会に置かれることもあるのじゃが……そのどれとも一線を画しておるように感じる」
「そこまでですか……」
「幼い姿のわしというのも原因じゃと思うが……それにしても威厳や貫禄がなく、神秘性もない気がする」
僕は『木工』スキルで、モデルを再現するだけなので……。
いや、ユグドラシルさんに威厳や貫禄が皆無だとは言わないけれど……。
「代わりに、愛嬌やら可愛らしさが出ておる気がする」
「愛嬌やら可愛らしさ……」
自分でそんなことを言ってしまうのかユグドラシルさん……。
「それに、なんというか妙に躍動感があるのがのう……」
「ダメですか? 躍動感」
「あまり教会に安置する神像には求めんじゃろ、躍動感は……」
「そういうものですかね?」
「服も風でなびいとるし、わしは片足を後ろに上げとるし……何故片足を上げとるのじゃ、わしは……?」
「さぁ……?」
元々は、前世の美少女フィギュア的な物を作りたいと思って始めた感じだからな。
フィギュアではよくあった気がするんだよね、片足立ち。
「まぁよくできとると思うし、わしも悪い気はせんが」
「あ、そうですか、なら良かったです」
嫌ではないそうなので、ユグドラシル人形――ユグドラシル神像は、これからも感謝を込めては作っていこう。
ユグドラシル神像ばかりだと母が不機嫌になるので、母人形とローテーションさせながらね。
「それでレベル上げのために、夜まで木工作業を続けるつもりなのじゃろうか?」
「ええ、たぶんそうなるかと」
「ふーむ。そうか……」
ユグドラシルさんはぽつりとそう呟いたあと、下を向いて何かを考え込んでいる。……どうしたんだろう?
「のう、アレク……」
「なんでしょう?」
「お主がどうしてもというなら…………してもよいぞ?」
「え……」
と、突然何を言い出すんだユグドラシルさん……。こんな昼間っから……。
next chapter:フラフープを回しながら迫ってくる幼女
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