第64話 さようならユグドラシルさん、いつかまた逢う日まで


 教会への訪問が終わったあとは、ジェレッドパパのホームセンターや、ジスレアさんの診療所などを訪問した。

 ついでに道中で出会った村人達も紹介しつつ、僕はユグドラシルさんに村を案内する。


 村の人達もそうだったけど、ジェレッドパパもジスレアさんも、なんだか少し緊張している様子だった。


 やっぱりエルフにとって、世界樹様は特別な存在なんだと実感する。

 逆に考えると、いつも通りで平然としていた僕の母は、やっぱりちょっと変わっているんだと実感した……。


 ――そんなメイユ村観光ツアーも、いよいよ最後の目的地だ。


「ここが、最後に案内する場所です」


「うん? 何もないが?」


「ええまぁ……。とりあえずここは、村の訓練場となります」


「……何もないが?」


 ユグドラシルさんは周りをキョロキョロ見回してから、再び同じ質問を繰り返した。

 やはりここは、案内するような場所ではなかったか……。


「えぇと、あそこに一応米俵――じゃなくて、弓用のまとがあります」


「ん? んー? あぁ、あるのう」


 というか、それしかない。

 だがしかし、あの的があるということで――あの的のおかげで、なんとかこの場所は訓練場としての面目を保っているのだ。


「ふむ、弓か……。今、弓を持っておるか?」


「え? ええ、マジックバッグに入っていますけど」


 なにせ今回はボディガードを自称しているので、一応持参した。絶対必要ないだろうとは思いつつも、一応持ってきている。


「では、わしに一射見せてくれんか?」


「はぁ、別に構いませんが」


 最後にしてはあまりにも盛り上がりにかける場所だし、それくらいの余興は構わない。


 まぁ、エルフとしてはまだまだつたない僕の弓だ。

 それで余興になるのか、ユグドラシルさんが喜んでくれるかはわからないけど……とりあえず頑張って射ってみようか。


「えーと、どの辺りから射ちましょうか?」


「そうじゃな……もう少し近寄ってよいぞ?」


「そうですか?」


 マジックバッグから取り出した弓と矢を持ち、そろりそろりと米俵型の的に近寄る。


「うむ、その辺りでいいじゃろ。では、頼む」


「はい」


 米俵までの距離は、だいたい八十メートルほど。普段僕が練習している距離とほぼ同じだ。これならさすがに外すことはないだろう。


 いつものように弓を構え、矢をつがえ、弦を引き――


「やー」


 お、ど真ん中に的中した。

 良かった良かった。最後に良いところを披露できた。なにせユグドラシルさんには、ずっと残念なところばかり見せていた気がするからね。


「うむ、見事じゃ。……若干掛け声が気にはなったが」


「母直伝なんですが……」


 うん? 別に伝えられてはいなかったっけ?


「まぁ声を出しながら訓練するのは悪いことではないじゃろう。スキルアーツでも声は必要じゃからな」


「はい」


 そうなのだ。スキルアーツは音声入力だか音声認識だかで発動する。つまりは、『技名を叫んで必殺技』方式だ。

 そのため、弓でもスキルアーツを使うときには、声を出しながら矢を射たなければいけない。


 この部分は、ジェレッド君も苦労していた。

 残念ながら僕はまだ弓のスキルアーツを取得できていないけど、声出しの部分で苦労することはないだろう。何故か毎回『やー』などと口にしながら射っていたからな。


「それにしても、綺麗に中心を射抜いたのう」


「ありがとうございます」


「これなら――初狩りも問題ないじゃろう」


 ユグドラシルさんがバチーンとウインクを飛ばしながら、太鼓判たいこばんを押してくれた。


「ユグドラシルさん……」


「うむ」


 そうか、僕が初狩りに対して、ちょっとナーバスになっていたから……。

 そんな僕を励ますために、ユグドラシルさんは僕に弓を射たせたのか……。


「でもやっぱり不安なので、レベル10は目指したいと思います」


「…………」


 ユグドラシルさんが、なんだか裏切られたかのような顔をしている。いやけど、嘘を付くのもどうかと思って……。

 せっかくウインクまでサービスしてくれたのに、なんだか申し訳ない……。


 最後の最後で、どうにも締まらない感じになってしまった。矢の方は、ビシッと真ん中に的中したのになぁ……。



 ――こうして僕はユグドラシルさんに村を案内し終わり、『歓迎、世界樹様! メイユ村観光ツアー!』は終了を迎えた。


 とりあえずユグドラシルさんは満足してくれたのか、『世話になったのう、ではまたいつか』と言い残し、村を去って行った。長かったユグドラシル編も、これで終わりのようだ。

 ……ドキドキ同棲物語は始まらなかったか。


 ユグドラシルさんは仮にも神様で、たぶん滅多に会える存在ではないのだろう。

 とはいえ、僕は長い時を生きるエルフ。ユグドラシルさんの言うように、またいつか会えることもあるかもしれない。


 ありがとうユグドラシルさん。さようならユグドラシルさん、いつかまた逢う日まで――!





 next chapter:タイムリミット

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