第36話 ホームセンターとキャバクラ


 レリーナパパと契約を結んだ翌日、僕は同じ地獄を味わったジェレッドパパの元へ報告に向かった。


「じゃあ、俺はもうこいつを作らなくていいのか?」


「はい。……あ、もし作りたいなら構いませんよ? レリーナパパさんも、『できるなら作り続けてほしいくらいだ』って言っていましたし」


「冗談じゃねぇ、いい加減うんざりしてたんだ。同じ物を何十、何百って作り続けるのが、こんなに辛ぇと思わなかったぜ……」


 ちょうど製作途中だったリバーシのコマをつまんで、イヤそうに話すジェレッドパパ。


 まぁイヤだよね……。とはいえ、決して手を抜かず毎日毎日作り続けてくれたジェレッドパパ。やっぱりプロの職人なんだと、尊敬したりもした。


「その工房で作ったリバーシを、村へ優先的に回してもらえるようにお願いしました。そうしたら、もう僕達が作らなくてすみそうですよ?」


「そら良かった。安請け合いして後悔してたくれぇだ」


「とりあえずサンプルとして、追加でいくつか作らなきゃみたいです。それに工房も、今日明日ですぐに製作開始ってわけにもいかないですからね、まだしばらく作らなければいけないですけど……」


 なんせ契約締結が昨日の話だから、動き始めるのはまだまだこれからだ。


「そうか……。まぁ終わりが見えただけで十分だ、ありがとよ」


「いえ、これからもしばらくお願いします」


 僕は頭を下げ、挨拶してからジェレッドパパのお店を出た。

 よかったよかった。これでほぼ『リバーシ屋』になりかけていたこのお店も、『ホームセンター』に戻れるはずだ。


 さて、用事はすんだけどどうしよう? 帰ろうか? 帰って少し寝ようかな? ジェレッドパパには早めに伝えようと早朝出発したせいで、少し眠いのだ。

 ちなみに早すぎてお店が開いていなかったため、僕は開店待ちをする羽目になった。


「――あぁ、せっかくだから、ちょっと寄っていこうかな」



 ◇



「こんにちはー。ローデットさん、いますかー?」


 ジェレッドパパと別れて僕が向かったのは、『森と世界樹教会』メイユ支部だ。

 この教会へは、相変わらず二週間に一度のペースで訪れている。


 まぁステータスの確認のためにね、そのためだけに来ている。決して僕は、神聖な教会をキャバクラ扱いなんてしていない。


「ローデットさーん。……ローデットさん? ローデットさーん」


 寝てるなこれ……。

 起こすのはちょっと悪い気がする。とはいえ、起きるのを待っていたらいつになるかわからない……。


 というか、教会に用事で来たのに修道女が寝ているから起きるまで待つって、なんか変だろう。

 そんなわけで、僕はローデットさんの名を呼び続けた。


「ローデットさーん……」


「ふぁ、ふぁい。はーい……。いますよー……?」


「あぁ、こんにちはー、アレクでーす」


 礼拝堂の奥からローデットさんの声が聞こえる、起きたらしい。……が、姿を見せない。


「あー。どうぞー、入っちゃってくださーい。鍵は掛かってないのでー」


 僕はその声に従って、礼拝堂を通り、奥の応接室へ向かう。


 ちょっと前からローデットさんは、鑑定用の水晶を持って往復することを面倒くさがり、僕を直接応接室へ招くようになったんだけど……。

 今回はそれすら面倒くさくなったのか、応接室という名の私室から出ようともしない。


「こんにちはー、鑑定ですよね? もう置いておきましたよー」


 応接室に入ると、すでに中央のテーブルには水晶が置かれていた。


 なるほど。ローデットさんは準備をしてくれていたのか。鑑定作業が円滑に進むように行動しただけなのかもしれない。

 面倒くさがったわけではないのか、酷い勘違いをしてしまった。


 ……たぶん勘違いだったんだ、勘違いだったと思わせてほしい。そのうち『そこに水晶があるので、勝手に鑑定してくださーい』なんて言い出さないことを祈ろう。


「ありがとうございます。では今日もよろしくお願いします」


「よろしくお願いしますー」


 少し寝癖がついているローデットさんに挨拶をしてから、僕はソファーへ腰掛けた。


「じゃあ、こちらをどうぞ」


「ありがとうございますー」


 僕はマジックバッグから硬貨を数枚取り出し、ローデットさんへ手渡した。


 そういえば、今まではリバーシを作って村の人から少しだけお金を貰っていたけど、そっちの収入はなくなってしまうんだな。


 まぁその代わりに、今度はレリーナパパからライセンスフィーだかロイヤリティーだかを貰えるわけだ。

 詳しい契約内容は知らないけど、得られる収入が今より下ってことはないはずだ。今まで通り少しだけ僕の分を貰おう。


 それで……まぁ結局ローデットさんへ貢ぎ続けることに変わりはないんだけど……。


「じゃあ早速……なんです?」


「え? いえ、なんでもないですー……」


 ローデットさんがチラッチラッと僕を見ている。

 なんだろう? いつもの金銭を要求する仕草だけど……もう渡したよね?

 あ、まさか……。


「あー……ちょっと待っててくださいね?」


「あ、はい!」


 僕がマジックバッグをもう一度漁りだすと、なんだかウキウキしているローデットさん。……やっぱりか。


「お納めください」


 僕は追加の硬貨をローデットさんへ渡した。


「ありがとうございますー。……って、え? なんでですか? もう貰いましたよ?」


「足りないのかと……」


「ち、違いますー」


 あれ? 違うのか? じゃあなんだろう?

 というか、違うのなら返してほしいんだけど……。


「えっと……それじゃあ、なんで僕を見ていたんですか?」


「その……この前私の人形を作ってくれるって言ったじゃないですか、まだかなーって……」


「あー……」


 正確には『機会があったら』と言っただけで、『作る』とは言ってはいなかったはずだけど……。


「え、本当に欲しいんですか? てっきり社交辞令かと……」


「欲しいですー……」


 キャバ嬢の営業トークには騙されないぞ! なんて無駄に意気込んでいた気がするけど、本当に欲しいのか……。


「そう……なんですか。いえ、別に作るのは構いませんけど、そんな大層な物じゃないですよ? それでいいなら……」


「是非お願いしますー。楽しみですー」


 作ると言っただけで、ローデットさんは喜んでくれている。

 これはもう作らざるを得ないか……。しかし、そんなローデットさんの期待に応える人形を、僕は作れるだろうか?


 基本的に僕の人形作りは、『木工』スキルの力を使い、モデルを再現するだけだ。そのため、モデルのイメージがしっかり頭にないと上手く作れない。

 なので僕が今まで作った人形は、母の人形と父の頭部だけだ。ローデットさんの人形を上手く作れる自信が、あんまりない。


「もしかしたら上手く作れないかもしれませんし、時間がかかると思いますけど……なんとか作ってみます」


「ありがとうございますー。よろしくお願いしますー」


 まぁ仕方がない。どうにか頑張ってみよう。

 ……しかし、こうしてまたローデットさんへの貢ぎ物が増えていくのか。ローデットさん侮れないな……。


 そういえば、初めて会ったときも『ローデットさん、侮れないな』なんて思っていた気がする……。

 ローデットさん侮れないよローデットさん……。





 next chapter:『器用さ』極振り『木工師見習い』

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