第34話 リバーシ全国展開


 ジェレッドパパにリバーシ作りをお願いしてから一ヶ月、僕とジェレッドパパは毎日リバーシを作り続けた。


 そして、ちょうど僕らがリバーシを嫌いになった頃――商人であるレリーナちゃんのお父さんが、我が家を訪ねてきた。


「お久しぶりです、アレクシスさん」


「…………? あ、あぁ、お久しぶりです」


 一瞬『アレクシスって誰だ?』なんて思ったが、自分ですら忘れていた僕の本名だった。


 レリーナパパはとても丁寧な人で、七歳の僕にすら敬語を使う。

 その仕草や口調から、できるビジネスマンの雰囲気が漂っていて、なんとなくスーツと眼鏡が似合いそうな人だ。

 まぁ、残念ながらこの世界にはスーツがないけど。それにエルフだから視力も良いだろう、眼鏡をかけることもなさそうだ。残念。


「いつもレリーナがお世話になっております。娘はご迷惑をおかけしていないでしょうか?」


「いえいえ、とんでもない。レリーナさんには良くしてもらっています」


 テーブルを挟んで、頭を下げ合う僕とレリーナパパ。

 ちなみにテーブルには両親と僕、そしてレリーナパパが付いている。しばらく両親とレリーナパパが話した後で、僕も呼ばれた格好だ。


 さて、レリーナパパは僕になんの用だろう? ……正直嫌な予感しかしない。


「どうしても私は家を空けることが多くて、レリーナには寂しい思いをさせております。アレクシスさんがいなければ、レリーナをもっと悲しませていたでしょう。アレクシスさんには感謝の言葉もございません」


「いえ、お気になさらず。大したことはしていませんよ、レリーナさんは友人ですからね。一緒に遊んでいるだけですよ」


 ハッハッハッと笑う僕。

 ……レリーナパパと話していると、どうにも僕のキャラがおかしくなる。たぶん相手が敬語で、僕もついそれに合わせてしまうからだろう。


 あぁ、両親が胡散うさん臭げな顔で僕を見ているよ……。


「先日も、素晴らしいものをいただいたとか……」


「……さぁ? 何かしましたか?」


 キランとレリーナパパの眼鏡が光った気がした。……気がしただけだ、なんせ眼鏡をかけていない。


 ――けれども、彼の顔つきが父親の顔から商人の顔に変わったのを、僕は確かに感じた。


「リバーシですよ。アレは素晴らしい。なんでもアレクシスさん自らが考案して作られたとか。いやはや久方ぶりに村へ戻ってきたと思ったら、どこもかしこもリバーシリバーシ、驚きましたよ」


「ハッハッハッ。皆さん珍しがって遊んでくれてはいますがね、所詮は子供が作った玩具ですよ? すぐに飽きられてしまうのでは?」


「そうでしょうか?」


 レリーナパパがにっこりと笑う、僕も笑う。……ただ双方とも、目だけは笑っていなかった――


「はい、ストップ。……なんで二人とも、そんなに主導権を取り合っているの? ちょっと落ち着いて?」


 妙な緊迫感が漂い始めた僕とレリーナパパとの間に、父が割って入った。


「あー……。いえ、その、失礼しました。そんな気はなかったのですが、アレクシスさんの雰囲気に呑まれてしまったといいますか……。あぁ、これがレリーナの言っていたアレクシスさんのおままごとですか……」


「うん、ごめんなさい。父もレリーナパパさんも」


 そうか、自分でも気がつかなかったけど、おままごとと同じノリでやっていたのか。……道理で楽しいと思った。


「えぇと、それで結局なんの話なんですか?」


 僕は改めてレリーナパパに尋ねた、もう変な雰囲気を作らずに。


「はい。例のリバーシを、他の村でも販売する気はありませんか? 私はそのお手伝いができればと思いまして」


「他の村ですか……」


 まぁそうだよね、予想はしていた。リバーシの全国展開か……。うーん……。


「あれ? あんまり気乗りしないかな?」


 思わず腕を組んで考え込んでしまった僕に対して、父が少し不思議そうに尋ねる。

 まぁ悪い話ではないだろう、レリーナパパは信用できる。それに、きっとリバーシは売れるはずだ。


「僕らもちゃんと話を聞いて問題なさそうだと思ったし、それにアレクはリバーシを世界に広めたいんじゃなかったのかな?」


「え……? あぁ、うん。そうだね」


 そういえばちょっと前までは『異世界転生者として、リバーシを広めるのは義務』なんて思っていた。

 今はもうどうでもいい、もう見たくもない。


「あの、他の村で販売するとして……そのリバーシは誰が作るんですか?」


 問題はそこだ、というかそこだけだ。


「許可していただければ、知り合いの工房に依頼するつもりです」


「あ、そうなんですか」


 じゃあいいや、売ろう。正直、細かい契約の内容よりもそこが重要だ。……まぁ細かいどころか、まだ何一つ契約の話はしていないけれど。

 とにかく、僕が作らなくてもいいのならば、何の問題もない。


 もしかしたら、僕は一生リバーシを作るだけの人生になってしまうんじゃないかと危惧きぐしていたんだ。それを工房で作ってくれるというのなら、願ったり叶ったりだ。

 良かった良かった。ちょっと予定と違ったが、これできっと無限リバーシ地獄から開放されることだろう。


 たぶんジェレッドパパも喜んでくれるはずだ。

 いつだったかジェレッドパパの『武器屋』を、『ホームセンター』なんて揶揄やゆしてしまったけど、もう最近は『リバーシ屋』になりかけていたからな……。





 next chapter:リバーシロイヤルティ

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