第16話 森と世界樹


 自分のステータスを確認すること。それは、僕が六年間願っていたこと――悲願とすらいえる望みかもしれない。


 何しろ僕は、生後まもない頃から何度も『ステータスオープン』と叫び続けてきたのだ。

 まぁ、結局それは全くの無駄だったわけで、別に僕の努力が実ったとかいうことでもないけれど……。

 とにかくステータスを確認できるのだ。その事実に、僕は喜びを隠しきれない。


「随分はしゃいでいるね、アレク」


「うん!」


「うーん……。けど今から見るのは、あくまで『今の』ステータスだからね? これからどこまででも伸びるし、逆に努力しなければ伸びない。あくまで『今の』アレクを確認するだけなんだよ?」


「うん!」


 父は、はしゃいでいる僕を心配しているようだ。「大丈夫かな……」なんて言っている。

 きっと『こんなに楽しみにしているのに、もしあまり芳しくないステータスだったら息子が絶望してしまうんじゃないか』なんて危惧しているのだろう。

 その点は問題ない。むしろ見るだけでもいいのだ。とにかく僕は自分のステータスが見たいんだ。それだけをずっと願っていたんだ。

 ……もちろん優秀なステータスだったとしても、それはそれでやぶさかではない。


「それじゃあ行こうか」


 父が差し出してきた左手を握り、僕等は手を繋いで歩き出す。……どうでもいいけど、父の手は柔らかいな。とても毎日のように剣を振り回している手とは思えない。普通ゴツゴツしていて、タコがあったりするんじゃないのかな。


「それで父、どこで僕のステータスを見られるの?」


「これから村の教会へ行って、そこで鑑定してもらうんだ。あそこには鑑定の魔道具があるから」


「へー、教会。……え、教会!?」


 教会……だと……? これは、いつぞやに悩んでいた『エルフが信仰する神とは?』問題に、解決の芽が出てきたんじゃないかな?


「き、教会というと、なんらかの教えを守る人達が集まる場所でしょうか? そ、その教会ではどのような教えを?」


「なんだかまた変になったね……。えぇと、森と世界樹への信仰――森と世界樹を信じて感謝しましょうって教えかな?」


 やっぱりあったのか世界樹……。『世界樹を信仰しているのでは?』と予想した僕の考えは、どうやら合っていたみたいだ。


「えっと、その信仰は父も?」


「うん? 一応はそうかな。というか、エルフはみんな世界樹を信仰しているもんだよ、熱量の差はあるけどね。きっとみんな、人生で一度は世界樹を見に行くだろうし。まぁ、僕はあんまり熱心な方じゃないけど……それでもアレクが生まれた時なんかは感謝を捧げたよ?」


 僕を見ながらそう言って微笑む父。

 ……というか、エルフがみんな信仰している世界樹の存在を、僕は今の今まで知らなかったんだが? それはいいのか父よ?


「その世界樹は、僕達の……か、神様? みたいな感じでいいのかな?」


「そうだね、神樹だね」


「そっか……。父は教会でお祈りみたいのはしないの?」


「あんまりしないねぇ。だって僕は毎日のように森へ行くんだよ? 森にお祈りするのに、わざわざ教会に行くのは変だろう? むしろ森から離れてしまっているじゃないか」


 父は肩をすくめて笑う。どうやら父の宗教観は、だいぶゆるいみたいだ。


「……なんだか余計なことをたくさん言った気がするよ。あくまでこれは僕の考え方だから。アレクは自分の考え方をもっていいし、逆に他の人の考え方を否定してはいけないよ?」


「うん。信教の自由だね?」


「信教の自由……? うん、そうだね。自由であるべきだ。例えば人族なんかは世界樹を信仰していないどころか、世界樹を知らない人もいるんだ。だからって、それを非難して、無理矢理に森と世界樹を信仰させるのは間違っているよね?」


「うん。……あ、ちなみに人族はどんなものを信じているの?」


「えーと……創造神だったかな? 確か創造神ディースだ」


「ぶッ!?」


「……アレク?」


「な、なんでもないよ? そ、そのディースさんとやらは、どんな存在なのかな?」


 創造神ディース。僕の知っているディースさんもこの世界を管理している神様なんだけど……まさか偶然ってことはないだろう。

 だとすると何故だ? もしかしてこの世界に顕現けんげんしたことがあるのか? 顕現して『私がこの世界を創った神よー』とでも言ったのだろうか? ……結構ありえそう。


「ディースさん? 随分と親しげな呼び方だね。仮にも他の種族が信仰している神だからあんまりよくないよ?」


「あ、うん。ごめんなさい」


 ちなみに父もその神に、『セルジャン君』って親しげに呼ばれていたけどね……。


「それで、創造神ディースだけど……遠い昔に、この世界『ディルポロス』を創ったと言われているらしいよ?」


「へー」


 『ディルポロス』か、そういえばそんな名前だったな、久しぶりに聞いた。

 ……あ、じゃあ僕はディルポロス人になったのか。……なんだか悪者っぽい感じがする、ウル◯ラマンに倒されそう。


「あとは、美しい女性の姿をしているらしいけど……。ごめんね、僕もあんまり詳しくないんだ。興味があるのかい?」


「うーん……。特には」


 正直ディースさんがどう信仰されているのか、ちょっと興味がある。しかし、ゆるくとはいえ森と世界樹を信仰している父に、それを言うのはさすがにはばかられる。


 それにしても、エルフが信仰するのは森と木で、人族が信仰するのは女性の姿をした神か。随分違うな……。


 まぁ、前世ではイワシの頭やら空を飛ぶスパゲッティを信仰していた人達もいたらしいから、それに比べたら――うん? イワシは別に信仰してはいないんだっけ?

 いや、スパゲッティの方だって、別に本気で信仰している人はいないとは思うけど……。





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