第8話 異世界で初めて死にかけた

 ヒルドの高原を抜けて、西へ。

 真っ直ぐに歩くこと1時間。


 西の大池が見えてきた。


 水鉄砲を釣竿のかわりにして使う。

 蜘蛛の糸を出して、準備は整った。


 次は餌だ。

 餌は何がいいかな……。


 石でも鉄でも噛み付くと聞いているので、糸に石を巻きつけて、池の中へ。


 ポチャン。(投げ入れた音) 


 石で釣れたら超コスパのいい釣りだ。

 半信半疑。


 不安はありつつも、急ぐ用事もないので、気楽に待つ。


 スローライフの醍醐味は、時間がたっぷりあること。それこそが最大の贅沢だ。


 まぁ2時間で数匹釣れたらなぁ……。


「ぉぉぉおっぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」


 竿がしなった。

 まだ数秒しかたってない。もう少しぼんやり、静かに釣りを楽しみたかった。


 っ……!

 想像を超える引きの強さに、踏ん張りが効かない。


「カミツキ亀め私と勝負する気か……!!!」


 大物の予感しかしないんですけど!


「っえっっ!」


 まじ!?


 バシャーン!!!


 物凄い力に引っ張られ、あろうことか池の中に引き込まれてしまった。


 水中が苦手で、慌ててます。


 ――落ち着け。落ち着け。

 深呼吸して、リラックスするのよ。

 って死ぬわ!


 テンパってる時に、ひとりツッコミを入れると、不思議と落ち着く。

 

 状況を確認するため目を開いた。


 はい、でました! 巨大カミツキ亀のモンスターの大群。


 ヤバイヤバイ!!!


 やめて、噛みつかないで!


 痛っ、痛っい、痛いっ!!!!!


 両手をばくばく。

 両足をばくばく。


 体も。全身を噛みつかれて、舌が伸びてきた気持ち悪い!

 くすぐったい!!!


 服がびりびり破れて……。

 やめてぇぇぇえええええぇぇぇ!!!


 見る人がみたら、ただの変態プレイですよ。


 私に止めを刺すために、いよいよ顔面――――に。


 ザッバーン。


 ……っ!!


 目の前のカミツキ亀が真っ二つになって、姿を魔法石に変えた。


 幸運だった。

 誰かに助けられたらしい。


 池に飛び込んできたその誰かを探すと、アズがいつもの穏やかな表情とは打って変わり鋭い目つきで、その周りをピンク色のエネルギーが包んでいた。


 ――シイナ様をいじめるモノは私が許さない!!!


 水の振動でアズの意識が伝わってきた。

 これがアズの能力なのだろうか。

 分からない。


 池の水が徐々に揺れ始めている。


 カミツキ亀はアズを敵として認識し、私から離れていく。


 アズがカミツキ亀に掌を向けた――。

 一匹のカミツキ亀が真っ二つになる。


 水を操作し、水圧を勢いよく出すことで、刀のような威力を発揮しているようだ。


 人並外れた移動能力で水の中を自由に泳ぐアズ。


 手から放たれた水刀で、次々とカミツキ亀が退治されていく。


 それでも、カミツキ亀は数で圧倒している。


 一度に数十匹のカミツキ亀がアズに突っ込んでいく。


 その勢いに負けてアズが噛み付かれる。


 ヤバイだろ。


 今のうちに陸に上がり、そこから何とかしないと! 急いで陸を目指す。

 その刹那――――。


 一点の光から周囲に放たれたエネルギーが水を巻き込み、池の水が渦を巻き始めた。


 なんだ?


 そのエネルギーが、池の水を全て巻き込み、一気に空へと向かって放たれていく。


 私も同様に巻き込まれて、宙を舞う。


 ……空とか飛べたらなぁ。なんて都合のいいことを考えても、さすがにそれは無理そう。


 カミツキ亀は、魔法石に姿を変えて、地上へと降り注いでいる。


 地上に目を向けると、アズが両手を広げていた。


「おかえりなさいませ」

 地面に叩きつけられる前に、アズにキャッチされた。


「いろんな意味で死ぬかと思ったょ」


「無事で良かったわ。力の加減って難しいわね」


「いや、お陰で助かりました。ありがとう。それにしても、あんな力を隠してなんて……?」


「私は人魚族。水中が得意なだけ。陸では全くの役立たず」


「人魚族……」


 言われてみれば、つやつやした肌が美しいのは、そのせいか。でも、水の魔法が得意ってことだろう。そう勝手に理解した。


「カミツキ亀の魔法石もこの通り。画材どころか、新しいお屋敷でも立ちそうだわ」

 隣には、アズが集めた網いっぱいの魔法石が輝いていた。


「いつの間に……」


「メイドの心得よ。このくらい出来て当然」


 さすがとしか言いようのない収穫っぷり。


 アズはにっこり微笑んでから、私の手をゆっくり握った。


「シイナ様に受け取ってもらいたい物があります」


「……?」


「とても大切な物です。シイナ様に差し上げたいのです。少しお待ちください」


 そう言うとアズは自分の体の皮膚をまるで鱗を剥がすかのように、一枚剥がした。

 

 まさに透明な鱗が光っている。


 それを口に加えるアズ。


「これは、私の特別」


 アズが目を閉じて、顔を寄せてくる。


「人魚族が一生に一度だけ、大切な人に差し上げることが許されたアズの鱗です」


 息を感じる距離、口と口が重なる。


 アズの鱗が、口移しで体内に入ってくる。


「受け取っていただけて嬉しいです。これで、シイナ様も人魚族と同等の能力を得れます。ヒルドを守っていただいたお礼です。アズはやっとお礼が出来て嬉しいです」


 そこまで言うと、意識を失ったように、倒れ込んできた。どうやらかなりの体力を消耗していたようだ。


 体を支えると、カミツキ亀に噛まれたところから、酷く出血していた。


 水鉄砲から回復水を出して、自分の口に含む。

 そうして眠っているアズの顎を上げ、ゆっくりと口移しで、回復水を流し込んだ。


 目覚めた時には、すっかり傷も癒えているだろう。


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