第6話 下校のちアイス

 最後の授業が終わると、風間が声をかけてきた。


「沢渡、今日はこの後なにか用事があるのか?」


「特には。病み上がりだが気分もいいし、どうしたものかと考えていたところだ」


「だったら一緒に本屋でも行かねえ? 今日さ、『萌え萌えプリン地獄車』第一巻の記念すべき発売日なんだ。読み終わったらお前にも貸してやるからさ」


「いや、いい。つーか昨日、お前から押しつけられたエロ本のせいで酷い目にあったんだが」


 心愛に白い目で見られた『死ぬまで甘えさせてくれる綺麗なお姉さん地獄編~この世の果てでバブウと叫んだケダモノ~』は風間から借りたものだ。


 つーかこいつ、不良キャラと趣味が全然噛み合ってないというか、ガチのガチにオタクだよな。

 俺もオタク趣味はある方だが、それでも風間にはかなわない。まあこういう趣味だからこそ、俺のような陰キャともつるみたがるのだろうが。


「はあ、またエッチな本を買いに行くんですか?」


 と、教室を出ようととしたところで。俺たちの会話を、冷たくも聞き慣れた女性の声が遮った。


「買いに行くとは言ってないだろ。というか心愛、どうしたんだ? 俺に用?」


「……奢りの約束がありましたから。アイス、連れて行ってくれるんですよね。他に用事があるなら、別の日にしますが」


「ああ、そういえばそうだったな。でも今日は風間こいつと本屋に行く約束しちまったんだよな。また日を改めてってことでもいいか?」


 すると、風間はちょっと考えるようにして。


「あー……そういえば、友達に遊び誘われていたことを思い出したわ。そういえば用事があったわ。そうだったそうだった。いやー、すまんなー。今日は本屋行けそうにないわ。付き合えなくてごめんなー?」


「いや、本屋に誘ってきたのはお前だろ?」


「じゃあまたな! おふたりさん!」


 そう言うと、風間は走り去るようにしてどこかへ行ってしまった。


「なんだあいつ」


「…………」


 心愛の方を見ると、ほんのりと頬を赤くしながら、風間が走り去った方を不機嫌そうに見ていた。


「もしかして、ああいう奴がタイプなのか?」


「え……? は?」


「いや、顔赤いからさ。惚れたのかなって」


「…………」


 心愛が、信じられないようなものを見る目で睨んでくる。

 な、なんだ? 俺、なにか変なことを言ったか? いや、本気で言ってるつもりはないんだぞ? 昔のような、何気ないからかいのつもりでしかないんだが。


 すると心愛さん、俺を置いてスタスタと歩いて立ち去ろうとする。


「え? いや、今のは冗談だぞ。なんでそんなに怒ってるんだ」


「…………」


「無視かよ! ちょっと、ちょっと、ちょっと待って!」


 慌てて心愛の歩く先に回りこんだ。


「あー……とにかくお前が怒ってるのはわかった。というか以前から、怒らせちゃってたみたいだしな。鈍感ですまん」


 深く頭を下げる。

 理由はわからないものの、心愛を不快にさせてしまったのは間違いないようだ。こういう時は黙って謝るに限る。


「ちょ、ちょっと、こんなところでなにをやってるんですか。恥ずかしいから頭を上げてください。もういいですから!」


 頭を上げると、まわりを歩いていた生徒が、こいつらなにをやっているんだろうという視線をこちらに向けていた。


「は~……もう、デリカシーがないというかなんというか。なんで私は……は~、もーーーー……」


 心愛が、がっくりと肩を落とした。


 なんだなんだ、怒ったり落ちこんだり、めまぐるしい感情の変化を見せてくれるが、俺にはなにがなんだかわからない。

 わかるのは、やっぱり俺は鈍感だということくらいか。


「とりあえず、大丈夫ですから。奢ってくれるのでしょう? アイスを食べに行きますよ」


「あ、ああ」






 学校と家のちょうど真ん中くらい、十分ほど歩いた位置にある繁華街。

 心愛に率先されるように歩いて向かったのは、その一角にある、最近できたロールアイス専門店だった。


 店頭では、店員が鉄板の上でアイスクリームを薄く延ばし、それを筒状に丸めてカップの容器に並べていた。

 別の店員がロールアイスの敷き詰められたアイスを受け取り、生クリームやクッキーなどのトッピングを行って客に渡す。


 俺は店員から二人分のアイスを受け取ると、店内のテーブルで待っていた心愛のところに行って片方を渡した。

 心愛がスマホを取りだして、カップにカメラを向ける。


「やっぱり、ここのアイスは可愛いですね。最高です。癒されます」


「ウィンスタにでもあげるのか? 女子はほんと好きだよな」


「違います。やってませんよ、あんなリア充が知り合いにマウント取るためだけのイキりアプリ。ただ写真を撮っているだけです。深い意味なんてありませんから」


 ちょっとだけ含みのあるような言い方で心愛はそう言うと、スプーンをカップに伸ばしてアイスをひとすくい。

 小さな口を精一杯開けて、掬ったアイスを放りこんだ。


「う~ん、美味しいです」


 顔を冷たそうにしながら、でも幸せそうにアイスを食べる心愛。

 こんなに喜んでくれるなら、奢った甲斐もあったというものである。


「ま、お粥だけじゃなくて買い出しもしてもらってたし、また奢ってやるよ。いや、奢りじゃなくてお礼なのか。代金的にも釣り合わないだろう?」


「細かい金額なんて気にする必要ないですよ。それを言い出すと、私だってずっと昔に奢ってもらった金額を返せてないですし」


「ずっと昔? ――ああ、もしかしてデズニーランドを奢った時のことか?」


「意外です。ちゃんと覚えてたんですね」


 心愛が、びっくりしたような顔でこちらを見た。


「そりゃ覚えてるさ。まあ、あの時は色々あったよな」


 心愛のお父さんが亡くなって、ひどく落ちこんでいて。

 俺はこいつを励ますために、彼女の好きなテーマパークまで貯金をはたいて連れて行ったんだよな。


「そっか、覚えてくれていたんですね……そっか」


 何度も嬉しそうに、呪文のように反復して呟く心愛。


「そっか、そうなんですね」


「なんだなんだ? 俺なにか変なことを言ったか?」


「いえ、気にしないでください」


 なぜか嬉しそうに、笑っちゃったりしてるし。


 結局、心愛がなんで嬉しそうだったのかは、よくわからないままだった。

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