第5話 病院のち登校

 翌日、これまでの不調が嘘だったように体調が戻った。

 そのまま学校へ行こうかと迷ったが、昨晩心愛に病院に行くようにと促されていたことを思い出し、病院に寄ることにする。


 なにを言われるかわかったもんじゃないしな。昨晩の何倍ものお小言が飛んでくるのは間違いない。俺はそれなりに心愛に詳しかった。なんだかんだ付き合いが長いもの。


 まあ、その前に飯だ。あいつが用意してくれたパック飯と切り分け済みの食材を使って朝食を済ます。

 ありがたくお粥をいただいた後、心愛に体調がよくなったことと、病院に向かうことを告げるためPINEメッセージを送った。


『そうですか』


 そっけなく、短めのメッセージだけが返ってくる。

 やっぱり、まだ嫌われてるのかね。

 まあ、心愛が言ってたとおり、時間の経過で人間関係や他人への好感度なんてものは、いくらでも変わってしまうのだろう。


 病院では『疲労からくる風邪』と診断されて、念のためにと風邪薬も渡された。熱も下がっているため、そのまま学校にも行っていいとのことだ。


 平日の昼。人通りの少ない街路を歩いて、普段とは違う静かな学校に着く。

 教室で授業を受けている他の生徒たちにちょっとした優越感を覚えながら、『2ー3』と表記された自分のクラスのドアを開いた。


明日香河あすかがわ川淀かわよどらず、立つ霧の、思ひぐべき、恋にあらなくに――と、あらあ?」


 授業をしていた古典教師かつ担任の紙代かみしろ先生が、教科書を音読するのをやめ、嬉しそうに微笑む。


「おおおおおお、よかったあああ。体調戻ったんですね。心配してたんですよ?」


「ええっと、心配かけてすみません」


「教師は生徒を心配するのが仕事ですよ。ま、安心してください。これからビシバシと、ハイスペックな授業で高みに導いて差し上げますから」


「あはは、ありがとうございます」


 ノリがよすぎる担任のテンションに若干引きながらそう返し、、窓際一番奥にある自分の席に向かうことにする。


「くうううううう……なんてことだ~。塩対応されてしまった、休み明けの生徒にフレンドリーに接する私に対してこの仕打ちはエグい」


 席に着いたところで、隣の席の風間が声を掛けてきた。


「なっちゃん先生が困ってるぞ。もっと丁寧に相手してやらなくていいのか?」


 紙代なつめ、だからなっちゃん先生だ。

 学生に対してもフレンドリーに接してくることからこんな呼ばれ方をしているが、決して舐められているわけではない。親しみの証である。


「あれ以上にどう返せと。病み上がりで高いテンションに付き合う余裕もないんだよ」


「捻くれ者め。美人教師の温情を無視するなんて許せねえ。美人教師に心配され絡まれる喜びがお前にはわからんのか。俺なんてなるべく心配されたり怒られたりするよう、なっちゃんに迷惑をかけるよう心掛けて生きているというのに」


「厄介生徒かよ」


「はっ。今を逃すと、この青春はもう二度と戻らないんだぜ。喧嘩も青春も一度きり、だったらてっぺんを狙うまでよ」


「青春が歪みすぎか」


 風間は不良でありオタクだ。俺にはついていけないが、風間的には、てっぺんは譲れないってやつなのだろう。

 

 なにはともあれ、こうして俺の高校生活は再開されることになったのだった。






「ゆっちー、体調治ったのー?」


 四限目を終えると、クラスメイトの春日井が、ご自慢のポニーテールを揺らしながら俺の席にやってきた。


 俺のことをゆっちーと呼ぶ美少女は、春日井かすがいほたる

 天真爛漫で快活な性格、つまり陽キャ。そして、冴えない陰キャである俺ですらも病気で休めばこうやって心配してくれる、仏のような心の持ち主でもある。


「おかげさまでな。心配してくれてさんきゅー」


「ねえねえ、さんきゅーってキャラじゃなくない? ゆっちーってば、くっそ面白い」


 春日井がけらけらと笑った。ちょっと下品な言葉づかいがまあ親しみやすく、この態度に勘違いして玉砕した人間も多いとか。

 春日井と話していると、隣の風間も混ざってくる。


「沢渡、学食に飯行かねー? 春日井も一緒に来るか?」


「どうしようかにゃー。わたしはいつもの面子で食べるってもう決めちゃってるしにゃあー」


「もう決めちゃってるじゃないか。じゃあ行こうぜ、風間」


 風間と教室を出る。そこで、つい昨晩話をしていた見知った顔の女子生徒を見かけた。


「あ……」


「心愛、どうしてここに? 誰かに用事か? それとも、もしかして――」


「ち、違います! 悠の様子を見に来たわけではないですから! そうではなくて、その……ちょ、ちょっと心配だっただけですから!」


 心愛は、あたふたと慌てた後、急いで逃げるようにこの場を走り去って行く。


「へえ、今のって白雪だろ? 沢渡、あいつと知り合いだったのか」


「幼なじみなんだ。風閒の方こそ、心愛のことを知っているのか? 一年の時に同じクラスだったとか」


「いや、クラスは別だが、うちのクラスの春日井と並んで男子人気で有名だかんな。一部では、その美しい容姿と名字から、雪原の妖精スノーフェアリーとも呼ばれている」


「マジかよ。つーか、誰がそんな恥ずかしい二つ名を与えているんだ?」


「こういうのあった方がかっけえだろ? オレが言い出したら広まっちまってな」


「お前かよ」


「春日井に相応しい名はまだ思いつかなくてな。なにか相応しい名は思いつかないか?」


 しらんがな。


 しかし、心愛がそんなに人気ある、ねえ。


 言われてみれば、心愛は美しく性根が優しい。俺に対する当たりは冷たく雑だが、他の人間に対しては猫を被って対応する要領のよさも持ちあわせていた。


 なるほど、そう考えると人気が出ないわけはないのか。そういう対象で見ることがなかったから意識しなかったけど、そう言われてみればそうだ。

 でも、誰かと付き合ってるみたいな話は聞かないよな。どうなんだろう。


 部屋にあげて、飯までつくってもらって、もし彼氏がいたとしたらなんだか申し訳ないな。


 そんなことを考えながら、ひさしぶりの授業を受けた。

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