第71話 可愛い本仮妻とちゅー
その後、父さんと母さんがいるであろう式場に戻ってみれば、すぐ近くの椅子の上に書き置きが置いてあった。
『旅に出ます。当分は帰りません p.s.避妊はしっかりと』
「……いや、旅行を抜け出して旅とか……」
でも、やりかねる。俺が家からいなくなったから、家にいる意味も無くなったのだろう。あの二人ならあっちこっちに向かうのにも納得がいく。
「んっ、まだあったかい……」
「……」
無視を決め込んだ追伸の内容を真っ向から否定していく声が隣から聞こえてきた。その声の主は優しくお腹を撫でている。まるで、お腹の中に大事な子がいるのではないかと思うほどだ。
「促したのは私だけど、耐えられなかったのはゆうだからね〜」
あれは仕方なかった。上目遣いしてきた上にキスからのだいしゅきホールドを喰らえば絶対に逃れられない。その相手が愛しの人であるのなら尚更だ。
「小悪魔め」
「でも好きなんでしょ?」
「当たり前だろ」
「や〜ん」
悪ふざけするように由季はスリスリと身を擦り寄せてきた。なので、俺も由季の腰に手を回して抱き寄せる。
「この腰に手を回してくるの『俺の女』だって思ってそうでドキドキしてくる」
「そうか。……由季は俺の女だ」
「んっ……私はゆうの女」
そうしていつもの流れなら、キスの一つでも交わしていると思うが、今回は由季の唇に人差し指を当てる。その行動には由季も頬を膨らませる。
「そんな簡単にキスしちゃダメだろ?」
「ぶぅ〜」
由季と体を重ねてから思ったのだ。キスもえっちも程々が良いと。頻繁にしてしまうと特別感が薄れて、ただの作業になってしまうのではないかと思っている。
「じゃあ、キスじゃなくてちゅーしよ」
「あのですね、由季さん?」
「んー」
……可愛い。非常に可愛い。キス顔で待ち構えられると、その柔らかい唇を堪能したくなってしまうのだ。ずるい、本当にずるい。
「「んっ……」」
やはり、キスしている間は思う。この幸せな時間が作業になる訳が無いと。
**** ****
幸せなキスを経てから、俺と由季は式場を後にした。式場を出てから直ぐにある長椅子に腰掛けていた由佳さんがにんまりとした顔でこちらを見てくる。
「あら、早い帰りね。それであの二人は?」
「旅に出ました」
「「は?」」
驚いているところ悪いが、俺は由佳さんに書き置きを持たせた。勿論、追伸の内容は消して。
「旅に出ます。当分は帰りませんって……。いつになっても大人しくならないわね」
「昔からなんですか?」
「そうね。昔は裕人をストーカーする舞香だったけれど……今回は違うみたいね」
昔のことを思い出しているのか、目を閉じて笑っている。俺としては十分に分かる好意を父さんは母さんに発していたと思うが、傍から見れば分からなかったのだろう。
まぁ、由季の相手をするのに少しの反応でも見逃さない為に、自然と鍛えられた能力があったからこそ、分かったことかもしれないが。
だが、それも今では無意味だ。今ではあからさま過ぎるからな。
「ん? えへへ」
俺が見ていたことに気が付いたのか、由季は笑いながら身体を預けてくる。
うん、可愛い。
「そういうことなら仕方ないわね。今日は解散にして、明日は昼頃になったら帰りましょう」
「そうだね。流石に今日は疲れたから、ゆっくり……」
「休むのかしら?」
「はは……」
「ふふ……」
困惑気味な透さんに対して、由佳さんは凄く乗り気な雰囲気だ。そうして、お互いを牽制しつつ二人は式場を後にした。
取り残された俺と由季はと言えば、ホテルまでの道のりでスキンシップが最低限になってしまうことから、思う存分イチャついていた。
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