第41話 可愛い仮妻と旅行③
俺と由季は満足気に店の裏側から抜け出すと、店の中に入った。
気分が高揚しているのか、先程までの怖がっている由季はどこかに消えてしまった。
それどころか『ふふっ』と艶かしい鼻声が俺の耳元に炸裂している。これではある部分が『呼んだ?』と反応してしまう。
しかし、それには気付かない由季はご満悦に俺の肩に頭を乗せる肩枕を堪能中である。
まぁ、幸せそうなら良いかと思い、俺は店内を見回す。
大きめのフードコートにお土産屋さん等の売店が設置されている。レストランも店に入っているが、遅めの時間からの開店で、昼間の今の時間帯は準備中である。
外にも小腹を満たせそうな露店が並んでいるようだ。
「さて、どこに行くか……」
肩枕で寛いでいる由季を見ると、力の抜けた顔でぽけーっとしていた。そんな由季と目が合うが全く反応がない。
どうやら今現在の由季はポワポワ状態のようだ。
許容出来ないほどの幸福感を溜め込むと、由季は一定の間、外部からの情報を遮断してしまうのだ。
つまり、俺とのキスが由季にとってはとても幸せを感じるものなのだと改めて認識できた。
でも、他の人にこんな気の抜けた由季の顔は見せられない。今の由季は俺だけが見ることを許されているのだ。
そうと決まれば、俺は由季の頭を引き寄せた。肩から落とされた由季の頭は俺の胸にぽすっと収まる。
「……ん?」
急な移動でポワポワ状態から帰還した由季はもぞもぞと頭を動かして、俺を上目遣いで見つめてくる。
「えへへ、ゆうだ」
「ゆうです」
「あのね、ゆう。さっきのことなんだけど……」
「なんだ? キスのことか?」
「ち、違うよ。確かにゆうとするキスは心地良かったけど、そうじゃなくて……」
「じゃあ、なんだ?」
すると、由季は真っ直ぐ俺の目を見つめて告げた。
「……お母さんが体を重ねて愛し合うとか言ってたけど、私はゆうのペースで良いからね……? するんだったら心置き無く、ゆうには気持ち良くなって欲しい……」
「由季……そういう話題は二人きりになれる場所で話さないか?」
「え?……あぅ」
こんな人の往来が少なくない場所でそんな発言をされても困る。ここで俺が馬鹿正直に『抱きたい』なんて言ったら、注目されてしまうのは明白だ。
しかし、由季からそういった話が出てくるのは意外だった。
由季なら『変態!』と叫んで逃げるようなことだと思っていたからだ。
けれど、もしも由季が本気で一線を超えたいと思っているのなら、俺も応えなければならない。
散々、由季には俺の想いを受け止めて貰った。だから、由季が俺を求めてくるのなら……。
由季の気持ちに応えたい。
それが支え合っていく夫婦の第一歩だと思っているから。
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悠が由季の想いに応えたいと思った時の由季の話
『……お母さんが体を重ねて愛し合うとか言ってたけど、私はゆうのペースで良いからね……? するんだったら心置き無く、ゆうには気持ち良くなって欲しい……』
何故、こんな言葉が出てくるのか分からなかった。
ゆうとキスしている間に思ったのかもしれない。
お母さんに言われて、私自身でも気付いていなかった想いに気付かされたのかもしれない。
分からない……。
私は自分の心が分からない。
いや、違う。
私は怖いのだ。
こんなに夢中になって好きになって一緒にいたくて……。
もし、私が本当の気持ちを伝えたら逃げてしまうんじゃないかと思って……。
**** ****
『可愛こぶりやがって』
『可愛いからって調子に乗るな』
『なんでお前みたいなやつが』
私だって好きで可愛くなったわけじゃない。出来るのなら普通の女の子になりたかった。
……小学や中学はそんなことで囚われなかった。
私は誰かが遊んでいるのを、何かを競い合っているのを陰ながら見ているのは悪い気はしなかった。
けれど──
『俺と連絡先交換しない?』
『ねぇねぇ、彼氏いるの?』
『良かったら、遊ぼうよ』
私をそちら側に招かないで欲しかった。『可愛い』からって馴れ馴れしくしないで欲しかった。
ただ、私は見ているだけで良かったのに……。
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