第39話 可愛い仮妻と旅行①
「ふふっ、悠ちゃん♡ 好きよ、悠ちゃん♡」
「由季ちゃんがいなくて寂しかったのよ? ほら、お母さんの腕の中で休も?」
「「いや、あの……」」
「「可愛いぃ……!」」
「「……」」
現在、俺は地獄のような状況に陥っていた。それもその筈、家族合同で旅行に行くという、予想外な展開になっているのだから。
それに、逃げ出すことはもう叶わない。何故なら、既に七人乗りのセレナは父親二人も合わせ、六人を乗せて走り出しているのだから。
一体、何をどうすればこんな状況になるのか教えて欲しい。
「由季ちゃん? 今から行く場所はどこか聞いてる?」
「何も聞かされてないよ?」
ごもっともだ。
俺と由季は私服に着替えただけだ。荷物も必要最低限な物しか用意していない。
そこで母さんは俺の頭を幸せそうに撫でながら、気分高めで言い放った。
「今から行く場所は箱根よ〜!」
どうしてこうなった……。
それは遡ること一時間……いや、30分ほど前のことだ。
朝は、いつものように由季とハグした状態で俺が先に目が覚める。それから由季の髪を弄っていると、後から起きてきた由季と目覚めのキスを交わして、イチャつくこと15分。
その後は、二人で洗面所に行って寝癖を治す。だけど、朝に弱い由季はふにゃりと緩んだ顔で俺の腕に引っ付いて来るので、水で濡らしたタオルで顔を拭いてあげる。
冷たい感触にビクッと反応した由季はそこで完全に目が覚めると、『朝ちゅーちゃーじ』と言ってキスしてくる。
満足した表情で洗面所を出ていく由季を追いかけると、先程までの緩んだ顔は鳴りを潜め、真剣モードの由季が姿を現す。
その後ろ姿を椅子に座りぼーっと見つめていると、気が付いた時には『不意打ちゅー』と言って由季に唇を奪われた。
そうして、由季の作った朝食を食べようとしたところで玄関からドタバタとした音が響いてきたのだ。
『今から旅行よ!』
『付いてきなさい!』
それから、母親二人に朝食を半分奪われ、ほぼ強制的に私服に着替えさせられ、外に連れ出された。
由季は外に出るのを終始抵抗していたが、先に俺が連れ去られるとまんまと引っ掛かり、由季も引っ張り出された。
そして現在に至る。
「悠君を餌にすれば由季ちゃんも釣れると……」
「くぅぅ……」
「悠ちゃん♡ 久しぶりね。悠ちゃんがいなくてとっても寂しかったわよ」
「……」
由佳さんは由季を弄り、母さんは俺に甘えてくる。
普段、美少女兼彼女である由季に甘えられている俺に隙はない。
「あら、あららら?」
そうしている内にも由佳さんは何かに気付いたらしく、視線は由季の胸元に向かう。
「以前、見かけたより大きくなってるけど?」
「な、何が?」
隠そうともしない由佳さんの視線に気付かないフリをする由季だが、ちらりと後ろの席に座っている俺の方を見てしまったが為に疑いの視線が俺に突き刺さった。
……前言撤回である。
由季のことに関しては俺は隙がありまくりだ。
「悠君? 由季とはどこまで行ったの? 由季はまだ生娘なの?」
「かはっ⁉︎」
「なるほど、その反応だと由季はまだ処女なのね」
「お、お母さん⁉︎」
「安心したわ。二人きりの生活も長くなってきたから、しこたまヤッてるのかと思っていたわ」
「やりませんから!」
「そう? 私と透君は付き合い始めたら直ぐに合体の日々が始まったわ」
「ぐはっ⁉︎」
急な飛び火が透さんを襲い、運転している車が左右に揺れた。他の走行車が付近にいなくて助かったようなものだ。危ないから巻き込まないで欲しい。
「私は奪わせてやったわよ? 『本当にいいのか?』、『もし、既成事実を突きつけられたら?』って怖くなっていたようだけれど、そんな回りくどいことはしないわ。それは体を重ねても、手に入らなかった時の最終手段だもの」
「……」
父さんの纏う空気が変わった。あれは聞かなかったことにしようと決めた時のものだ。人間、誰しも知りたくない事実はあるものだ。
そうしていくつかの沈黙があった後、由佳さんは唐突に真剣な声で喋り始めた。
「誠実な付き合いで素晴らしいと思うけど……」
そして、次に言われる由佳さんの言葉に俺は旅行中、考えさせられることになる。
「ちゃんと由季の気持ちも考えてあげてね。表面上には出ていないけれど、大好きな人とは体を重ねて愛し合いたいものよ?」
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