Scene10 -7-
「
堅苦しい肩書の名称で呼ぶのは重機技総こと対機械虫防衛機動重機技術開発関連総合部門部長の長谷川浩二(四十八歳)。
「長谷川部長、その呼び方はやめてくださいよ。オレは入社一年目のペーペーだし役職でもあなたより下の課長代理とかいうおかしな肩書なんですから」
目上の者にそんな肩書で呼ばれると気が引けてしまうので、アクトは会うたびに同じことを言っていた。
「まぁ最初の挨拶くらいはな」
総合開発部門の部長といっても本部勤務の役職者のアクトに比べたら立場は下だという理由でいつもこうやってからかってくる。
「それに柳博士に天瀬に失礼のないようにと釘を刺されている」
長谷川を含めここで働く上司は割と気さくな人が多く、人間関係に神経をすり減らして仕事の効率を落とすことはない。これは社訓からくるものでもあり、神王寺コンツェルンが世界屈指の優良企業と言われる所以のひとつだ。
「で、天瀬はまた日向の様子を見に来たのか?」
これも来るたびに言われることだった。
「違う、とも言えませんが、ちゃんと仕事のために来ています。前々回からお伝えしている既存の装甲材強化及び新合金開発の件です。本日午前八時に試作品が上がる予定でしたので」
時刻は十時十五分。アクトは出社後すぐにここにやってきていた。
「申し訳ない、実は今朝手違いが発覚して、これから報告するところだったんだ」
「手違い? 失敗したんですか?」
素材の強化と開発は急務であり、機動重機だけでなくガイファルドのバージョンアップの要だったため、アクトは落胆の声を上げた。
「いや、素材の強化は順調と言っていいかな。計算上では装甲素材は六パーセント、フレーム素材も十一パーセントの向上が見込まれている」
「冗談はやめてくださいよ、心底気持ちが落ちたじゃないですか。順調どころか予想よりより二パーセントくらい高いって良い意味での手違いってことでしたか?」」
「いや、手違いって言うのは……」
「言うのは……?」
言葉尻をすぼめたことに疑問符を浮かべる。
「最近日向の気合が入りまくっていて、残業残業、徹夜徹夜の日々で。おかげで予定よりも期間も精度上がったんだが」
「あいつ頑張ってるんですね。結果も上々とは幸先いいじゃないですか!」
だが長谷川の顔は優れない。
「その結果、本人バテバテでな、ついにミスをしてしまってその反動か今朝ラボの前でぶっ倒れてた」
「ぶっ倒れた? 大丈夫なんですか?!」
「ちょっとした過労だ。今飯食って仮眠室で寝てる。頑張りが帳消しになるほどのミスじゃないが、新型の合金の精製が遅れてしまっているんだ。合金の精製にはあと十五時間は掛かる」
リンの状態がそう悪くないことを聞いて安心しているアクトに長谷川はため息をついて見せた。
「で、リンはどんなミスを?」
「素材配合と配合量のミス」
「そんな根本的な?」
呆れるほどのミスに唖然とするアクト。だが長谷川の言葉はその後も続いた。
「それと加圧力と電圧の設定ミスだ」
「それってほぼ全部ってことじゃないですか?」
長谷川は無言でうなずいた。
ちょっと根を詰めすぎたことが招いた過労によるミスが連なってしまったのだろう。
「ってことでさっき精製を始めたばかりだから気になるなら今夜、いや深夜にもう一度来てくれ」
「そうですか。ではオレは一度帰るので、リンが起きたら連絡ください」
「了解した」
「それじゃもうひとつの案件ですが関節の駆動速度の件ですが……」
サクサクと要件を済ませたアクトは仮眠室のドアの窓から寝ているリンの様子だけ見て本部へ帰った。そして、その夜のこと。
アクトはリンが目覚めたと連絡を受ける。休養を取るようにと長谷川が申し付けたが「タップリ寝たから大丈夫です!」とミスに関する注意をする間もなく半笑いの表情で再びラボに戻っていったという。
それを聞いたアクトは【ムチャし過ぎ】とメッセージ送ってガーディアンズ基地へと戻った。リンからは【ムチャの成果を見せてやる】と返事が返ってきてたい。
深夜二時過ぎ。
アクトは博士からの緊急連絡で起こされた。見れば社内連絡用の端末には重機技総の長谷川部長からも着信があり、個人端末にもリンから【度肝を抜け!】というメッセージが入っていた。
私服に着替えてヘッドバンドを被り本部研究所へと上がるためのメインシャフトに向かう。
地上に出ると博士と剛田が待っており、一緒に車に乗って重機技総へと走らせる。
深夜に呼び出すとはきっと予想以上に上手くいったのだろうという察しはついていた。それは昼間に長谷川に聞いていたので驚くほどのことではない。
今回の装甲材強化・新合金開発は最優先事項であったので、リンの頑張りとその成果を一緒に喜んでやろうとアクトは考えたのだ。
「アクト着いたぞ」
車で十分弱の道のりでうたた寝していたアクトは剛田に起こされる。眼をこすりつつ車を降りて建物を上がっていくと所員に迎えられてラボに案内された。
扉を開けると殺風景な広い部屋の奥に長谷川部長の後ろ姿が見え、その向かいにリンと同僚二人がおり、長谷川に向かって何やら話している。
「お待たせしました」
博士の挨拶に振り向いた長谷川は少し青ざめたような顔をして挨拶を返す。
「アクト、待ってたよ」
赤い目をしたリンがアクトを向かえると、同じく赤い目をした男女の同僚ふたりもギラギラした目で立っていた。
***********************************
続きが気になる方、面白かったと思った方、フォロー・応援・感想など、どうぞよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます