Scene6 -2-

  それから半日たった夜にアクトは目を覚ました。再度の検査でも問題なく見た感じにも元気そうだったのだが、疲れが残っているからとみんなとの食事は断って自分の部屋で食べていた。ピラーロボットが持ってきた料理を食べるために持ったスプーンが食器に当たってカタカタと音を鳴らす。すくったスープを口に運ぼうとしたところでスプーンは手から離れ床に落としてしまう。


  「ちくしょう」


  アクトは小さく振り絞るような声で悪態をついた。ついた相手は、そう自分だ。

  先日の戦いが頭を離れず震えが止まらないのだ。いまだかつてない強大な機械虫に襲われた恐怖が忘れられない。機械虫やピラーロボットに襲われたときも恐怖を感じたが、今度という今度は胸に刻み込まれてしまい、その恐怖が波のように何度も襲い掛かってくるのだ。

  ガイファルドとの合身はまさに自分自身が巨人となるシステムだ。メカの体内にある頑強なコックピットブロックに保護された中で操作するのとはまったく違い、生身であの機械虫を相手しているのと何ら変わらない。巨大な機械の昆虫が襲い掛かり、痛みすら伴う合身による戦闘にアクトは心底恐怖を感じてしまった。ライトの仇を討ちたい、世界を機械虫から守りたいという思いは今でも確かにその胸にある。あってなお、アクトの心は折れる寸前だった。

  次の日もアクトは体調不良を理由に訓練を休んでいた。確かに体の疲労感はあるのだが、それ以上に心の問題が大きかった。そのせいなのかセイバーはあの戦い後しばらく目を覚まさなかった。

  その日の夕方、ダラダラと寝て過ごし訓練を休だアクトが肩の治療と検査のために医務室に向かっていると、その後ろから彼を見守る人影がアクトに視線を送っていた。その者は治療が終わり戻ってきたアクトの前に滑るように現れた。


  「うわっ」


  ぼーっと歩いていたアクトはその者の登場に驚く。


  「急に飛び出してびっくりするじゃないか。どうしたんだPR3」


  PR3はモノアイを細かく動かすとアクトにこう告げた。


  「アクト、一緒にハンガーに来てください」


  「なんだよ藪から棒に」


  「お願いします」


  ロボットとは思えない紳士なお願いにアクトは渋々了承してハンガーへと向かった。

  向かった先のハンガーにはメディカルプールにて治療中のはずのセイバーが待っていた。セイバーの全身は痛々しいほどに傷だらけでいまだ激戦の傷跡が生々しく残っている。


  「大丈夫なのか?!」


  心配のあまり大きな声を上げるアクトに、セイバーは「はい」と柔らかな表情で応えた。


  「ごめんな、オレが未熟なせいでこんな酷い怪我を負わせて」


  「あやまる必要などありません。未熟と言うならわたしも未熟なのです。何せわたしはあなたですから。だからこれからふたりで強くなっていきましょう」


  セイバーの言葉がアクトの胸をチクリと刺した。その痛みが伝わったかのようにセイバーは胸に右手を置くと、そのまましゃがんで左手をアクトの前に下ろした。


  「アクト、私と合身してください」


  突然のセイバーの申し出にアクトの心拍は早くなった。


  「いや、まだ疲れが取れないから今日は休ませてくれ」


  そう断るアクトだったがセイバーはその手を差し出したまま何も言わない。数秒見つめ合っていたが観念したアクトがその手のひらに上がり、セイバーは座ったまま胸部のソールリアクターを露出させてアクトをそこにいざなった。

  PR3が見守る中でリアクター手をかざすことを一瞬躊躇るす。金属とも石とも違うガイファルドの心臓部に手を添えると、硬質ながらも柔らかな温かみが伝わってきた。

  小さな明かりが灯るセイバーのハンガー内は静まり返り、唯一聞こえる自分の呼吸音が耳障りなほどアクトの神経は過敏になっていた。

  PR3だけが見守る中でアクトはため息をひとつ入れてからソールリアクターに触れた震える手を見つめながら、「合身」と叫ぶ。しかし、リアクターはあのときのように発光現象は起こらず、リアクターに吸い込まれることはなかった。


  「やはり、予感が的中してしまいましたか」


  そう発したのはここにアクトを連れてきたPR3だ。博士が眼鏡を光らせるように艶やかなボディーとモノアイに光を反射させたPR3は、セイバーのそばに寄ってくる。


  「おいおい、ロボットのくせに予感とかあるのかよ」


  「ワタシはただのロボットではありませんから。それに予感とはまぁ言葉の綾であり、雰囲気で言ったまでです。適切な言葉を使えば予測です」


  PR3は人間味のある機械的な物言いで、アクトが合身できないと予測していたことを告げた。


  「アクト、あなたは合身することが、戦うことが怖いのですね」


  その言葉はアクトの心の脆くなった部分を突き、無言の返答はそれが間違いでないことを告げていた。


  「なぜワタシがそう予測したのか不思議に思うのでしょうね。詳細を語ることはできませんが、そういったデータがワタシの中にあるからです」


  データがあるということは過去に同じ体験をした者がいるということ。アクトは同じ共命者であるふたりの顔が浮かんだが、どちらも戦いの恐怖とは無縁に感じて首を傾ける。


  「そのデータと重ねればアクトが同じような心理状態であることが推察されたので、セイバーにアクトの状態を伺い、この可能性が高いという結論に達しました」


  「情けないよな。ライトさんの仇を討ちたくて機動重機のパイロットを目指していたくせに、いざ機械虫と戦ったら恐怖に心が押し潰されそうになるなんて。思い出すたびに手が震えて背筋が寒くなるんだ」


  アクトはPR3の言葉に弱音を返した。


  「恐怖を感じることは人間である以上しかたありません。その恐怖にどう向き合いどう対処するかです」


  「それができるかできないか、そこが一般人と戦士の違いなんだろうな」


  ふたりと比べた共命度の低さと戦いに対する心の弱さを言い訳にするアクト。しかし、それは理由にならないのだとPR3は反論する。


  「何を以って一般人と戦士を分けますか? 少なくともルークもエマも元はアクトとそう変わらない一般人です。ルークは格闘家ではありますが、エマは考古学者を目指していた学生です。幸か不幸かガイファルドの適性が高く一般の者より少し戦闘センスがあっただけのことです」


  ふたりが特殊な環境で育成された者だと思っていたため、PR3の説明を聞いてアクトは驚く。


  「しゃべり過ぎました。共命者の過去については機密情報となっていますので」


  「なんでそんなことが機密情報なんだ?」


  「共命者の正体が知れたことで、その者の近しい者に危害が及べば、共命者が戦うことを封じられるなどの事態を招きかねません」


  「あぁ確かに」


  「なので、これ以上は本人了承の上で確認してください」


  「おまえ……ほんとに口が軽いな。ロボットのくせに」


  「ワタシはただのロボットではありませんので」


  「それは機密情報を漏らしていい理由にはなってないぞ……」


 お人好しの欠陥ロボットに見透かされた合身不能という状況。事故によってガイファルドの共命者となったのだが、合身できなければ貴重な戦力であるガイファルドが無駄になってしまう。なぜなら、額にハマるダブルハートは他の者に譲渡できないからだ。自分の命が失われない限りは。


  「わたしは戦うあなたのための体です。アクトに戦う意思がなければ共に戦うことができません。きっと今のアクトはわたしを必要とはしていないということなのでしょう」


  あれほど戦う力を欲して、多くの人に「無理だ」と言われても機動重機パイロットを目指していたアクト。それがガイファルドという巨人の共命者になり機動重機以上の強さを持った力を手に入れたにも関わらず、今その力を必要としていない。


  「戦うってなんだろうな?」


  「武力をもって互いに攻め合う。技芸や力の優劣を競う。利害を異にする者が自分の利益を守ったり獲得するために争う。苦難や苦しみに負けないように努力する。一般的に戦うとはこういった意味です」


  PR3は瞬時にアクトの質問に回答した。


  「下ろしてくれ」


  セイバーは優しくアクトを下ろした。下ろされたアクトはためらいながらセイバーの手から飛び降りる。

  世界平和と仇討ちの気持ちはまだ心にあるのだが、それを達成するために必要な戦う力であるセイバーを必要としていないという矛盾。それは、心に巣食う恐怖が戦いを拒絶しているからに他ならない。

  アクトはそのまま出口に向かって歩き出す。


  「それともうひとつ……、戦うということは怖いということ。そして、その恐怖から逃げないこと。と、ある書物にはこういったことを”描いている”人もいます」


  「五輪書にでも書いてあったか?」


  五輪書とはもちろん、かの有名な宮本武蔵の著した兵法書のことだ。


  「いえ、アクトの好きそうな漫画です」


  アクトの冗談に冗談のような真面目な答えが返された。


  「私が必要ならいつでも力になります」


  だがアクトは振り向かずにハンガーを出ていった。

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