第308話 ようこそ!
「こ、これは、何だ!? 斥候の報告にはこんな物は無かった筈なんだが?」
ラディオール・フォン・タールンド将軍は目の前に聳える遙か彼方まで続く壁を前にして叫んで居る。
進行方向を斜めに横切る様に高さ推定30mぐらいもありそうな反りのある壁が突如現れた。
とてもじゃないが、攻撃で崩れる様な気がしない程の立派な壁である。
弓兵を呼んで弓にロープを結び引っかけようとしたのだが、矢は何かに弾かれた様に壁に届く前にカキンと音を出しつつ落下して行った。
「うむ? 結界でも張ってあるのだろうか?」
将軍は再度、今度はもっと上空を狙わせてみるが、結果は同じ。 何か目に見えない壁に弾かれ、壁にすら届かない。超える事も無い状態だった。
勿論、この壁は健二の仕業である。
この壁の向こう側には、コナンさんからの指示で、健二が壁を出した後、マッタリと休憩していた。
「これは、驚きますな。」
「左様、その瞬間をこの目で見ても尚、信じられません。」
「流石は、スギタ陛下。 我らを愉しませてくれる。 ガハハハハ!」
マックスさんを始め、2人の子爵が驚きつつも豪快に笑い合っている。
「まだまだあるよぉ~。 この先が面白い事になってるんだから。」
と悪い笑みを溢すコナンさん。
「まあ、良いんだけどさ。 その面白い事、結構面倒だったからね? 仕込みに何日掛けたと思ってる? まあ、確かに面白いけど。
今度、これのもっとスケールダウンしたのをドリーム・シティに作ろうかなぁ。 フィールドアスレチック的な要素も取り入れると、尚面白いよねぇ。」
と新たな新作アトラクションのアイディアに目を輝かせる俺。
「だけど、ケンジ様も張り切って嬉し気に作ってたし。」
「まあ、確かに、やり出すと、ちょっとウキウキしてしまったな。 ハハハ。」
壁一枚を挟み、両極端な両陣営の図であった。
「うむぅーー、これはこのまま壁に沿って回り込むしかないのか。」
遙か彼方を眺めながら、脱力する将軍であったが、そこはそれ、腐っても将軍であった。
「よし、皆の者聞けぃ! これよりこの壁の切れ間、又は入り込めそうな箇所を探しつつ、行軍を開始するぞ!」
「「「「「「ハッ!」」」」」」
「第一師団、我に続けー!」
「第ニ師団、行軍開始!」
――――――
――――
――
さて、4日間壁沿いに行軍を続けていたクーデリアの大部隊だが、何やらいつの間にか、左右を壁に挟まれた空間? いや通路を進んで居た。
将軍は一旦行軍を止め、四方へと斥候に偵察させたのだが、その報告は極めて厳しい物であった。
「つまり、我らは、このまま進み続けるしか無いという事か? 後方には、いつの間にか壁が出来ていて、後戻りも出来ないと?」
「ハッ! その通りでございます。」
苦虫を潰した様な表情で思案する将軍。
この時点で漸く、敵の罠の可能性に気が付いたのであった。
しかし、取れる選択肢も無く、救援も望めない現状、兎に角、兵糧の続く限り突き進むしか無いと、自らを鼓舞した。
「よし、兎に角進めるだけ先に進もう。」
そして、更に3日行軍すると、人を小馬鹿にした様な看板が目に入って来た。
「ん? 何々? 左が、『最短クリアを狙え!地獄の狩人コース』、右が『ゆる~く生き長らえよう!欲しがりません勝つまではコース』じゃと?」
「将軍、但し書きが小さく書かれておりますぞ! どうやら『どちらを選んでもゴールは同じ』と書かれておりまする。」
第一師団長の指摘で、思案を巡らせる将軍。
まあ、実際には更に『ご利用上の注意』も書いてあって、そこには、『こちらのご利用は自己責任にてお願いします。1つの選択が後々に影響します。』とも書いてあったのだが、それを口にする者は居なかった。
そして、出した答えは、「取りあえず、本日はここまでにして、ここで野営じゃ。 あと、左右5名ずつ、斥候に先行させて情報を収集する様に。」
「「「「「「ハッ!」」」」」」
一晩ユックリ考えた将軍は、戻って来た斥候の報告を聞き、唸ってしまった。
斥候曰く、両方共に4時間程進んだが、曲がり角がある程度で何も変化が無かったらしい。
特に何か罠がある訳でも無く、ただの通路であったと。
「どうしたもんかのぉ。」
将軍の呟きに、第一師団長が怖ず怖ずと具申してきたのだった。
「お恐れながら、どちらが正解か不明なのであれば、ここで二手に別れるという手もございます。
さすれば、どちらかが敵陣に辿り着く確率も2倍になるかと。」と。
健二が聞けば、「いやいや、どちらも確率は0%だから、倍になっても0%だよ?」と突っ込むところであった。
将軍は暫し考え、正解が判らない以上、全滅を避ける為、二手に別れる事に同意したのだった。
「では、これより各々進軍開始である!」
左の『最短クリアを狙え!地獄の狩人コース』へは、第一師団長率いる、第一~第三師団まで3000名、貴族の領軍1000名、それに補給部隊500名、合計約4500名が突入して行く。
右の『ゆる~く生き長らえよう!欲しがりません勝つまではコース』へは、将軍率いる第四~第六師団まで3000名、貴族の領軍1200名、それに補給部隊500名、合計約4700名が入って行ったのだった。
彼らの誰も、この2つの通路の本質に気付いている者は居なかった――
進軍を再開してから2日が過ぎた頃、この通路がおかしい事に気付き始めた。
1日に何回か、曲がり角が出て来るのであるが、進むにつれ、徐々にその曲がり角の周期が狭まり、通路も徐々に狭まっている。
そして3日目には、分岐点が出て来る様になった。
そう、これは壮大なスケールで作られた、謂わば迷路である。
更に言うと、この時点では気付いていないが、左のコースには、災害級の魔物が追って来る様になっているのである。
分岐点で、どうしようかと悩んで立ち止まっているタイミングで、後方より兵士達の悲鳴が聞こえて来た。
「うぁーーー! 魔物だーーー!」
「赤い熊の魔物だーー!」
「に、逃げろ!」
「こっちにも居るぞ! 黒い狼の群だーー!」
「わーー! 逃げろーー!」
「ギャーーー! た、助けてーーー!」
部隊はもう、蜂の巣を突いた様な混乱である。
先頭の方は、慌ててバラバラに分岐点を右や左に指示も聞かずに飛び込んで行く。
このファーストコンタクトで、4500名の内、約200名が犠牲となってしまったのだった。
一番被害が多かったのは、身動きの取り辛い、補給部隊とその積み荷であった。
一方、右の『ゆる~く生き長らえよう!欲しがりません勝つまではコース』では、魔物はで無い代わりに、泥濘んだドロドロの道を泥まみれになりながら進んでいた。
特に補給部隊に負担が掛かり、1時間で500m進めない程であった。
即座に命の危険は無いものの、その泥濘んだ道は、着実に彼らの体力と気力を削いで行くのであった。
――更に3日が過ぎた。
右のコースでは、まだ泥濘は続いており、漸くその終わりが見え始めている。
この3日間、兵士達は、睡眠を取れる渇いた土地も無く、只ひたすら馬車を押し、泥濘に足を取られて転けた友を助け、黙々と進み続けた。
しかし、漸く遙か向こうに渇いた土地が見え隠れしている。兵士の誰もが、やっとこれで眠れると思っていた。
左のコースでは、既に士官ですら全体の人数を把握出来ない状況であった。
度重なる魔物の出現で既に最初の1/3ぐらいは魔物のお腹の中に消えてしまい、更に1/3は道に迷い、落とし穴や罠に嵌まって命を落としてしまっていた。
補給部隊ともはぐれ、手持ちの水と携帯食で食いつないでいたが、昼も夜も無く続く魔物の襲撃に、精も根も尽き果てていたのだった。
「うーん、ちょっと弱過ぎじゃない? そんなにハードモードにはしてないんだけどなぁ? これまだ仕込んだ迷路の半分も消化してないんだけどね?」
俺が不満気に呟いていると、
「そもそもケンジ様の設定が高過ぎるのである。 一般の兵士だとあれくらいが普通である故。」
「えぇ? だってうちの秘密防衛軍の面々はまだまだイケるっしょ?」
「ああ、秘密防衛軍の兵士は、余所だと、エリート部隊以上じゃな。 あれは、某達が、鍛えに鍛えた故。」
コルトガさんがドヤ顔で宣っていたのだった。
どうやら、知らず知らずの内に、俺は鬼畜設定のコースにしてしまったらしい。
「うーーん、それは困ったな。 何とかこの試練を乗り越えて、生き証人としてクーデリアに帰って欲しいんだけどなぁ。」
俺の呟きに
「無理じゃろ!」
「無理だな。」
「え? 帰す気があったのでござるか!?」
と散々な言われようであった。
しょうがないので、右コースは残りが100名を切った時点で追い込みを止め、コースを簡略化して、中央の広場へのショートカットコースを出して置いた。
しかし、食料や水、怪我等の所為もあり、最終的にゴールの広場に辿り着いたのは、50名程だった。
数十名ずつのグループがポツポツ合流して来て、お互いの生存を涙を流しながら称え合うという感動のシーンを見せて貰ったのだった。
一応、ゴールである広場には、軽い食料を置いておいてやったが、食料もだが、水をがぶ飲みしていたね。 相当前から水が切れてたみたいだし。
さて、左のコースだが、こっちはこっちで、地獄の真っ最中。
まず、必死で運んで来た食料だが、残っているのは、脱穀前の汚水小麦と、ほんの少しの水のみ。
脱穀さえされていない小麦に兵達は発狂していた。
そして、怒りの矛先は補給部隊から、徐々に上官へと移って行き、最後は将軍へと剣を片手に詰め寄り、大混乱となっていたが、結局力を温存していた将軍の無双によって、反乱は鎮火した。
しかし、この時点で、人数は半分以下まで落ち込み、残った兵も殆ど動く気力と体力を失っていた。
そして、更に続く3日間の岩ゴロゴロセクションで、怪我人や疲れと飢え、脱水症状で脱落者続出。
トドメの流砂セクションで、生き残ったのが、40名となったので、慌てて流砂の魔道具を止め、ショートカットで中央広場へと導いたのであった。
貴族の領軍と合わせ、合計約9200名の大部隊の生き残りは、僅か89名。
まあ、本当は死者無しで完封して戻そうかとも考えたのだが、コナンさん、コルトガさん、サスケさんに却下されてしまったのだ。
「ケンジ様の優しさは理解するけど、それが仇となってまたこう言う事にも繋がったのは事実ではあるから。
ここは心を鬼にしてヤルしかないよ? これ以上の犠牲者を出さない為にもね。」
コナンさんの言う事は理解して居たんだけどね。 やっぱりそこまでしないと判って貰えないものなのかねぇ。
何とも言えない気分になるな……
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