第289話 寝耳に水のリハーサル

退屈な筈の冬の日々だが、今年は違った。

大プロジェクトのお陰で、暇を持て余す事無く、毎日が実に充実している。

更に、愛する女性と生活する事で、何か妙なヤル気が漲るのである。

ああ、勿論、3人の子供達の存在も大きいんだよ?


そして3月に入り、雪は溶けて、いよいよ工事可能となった。

冬の間に職業訓練を繰り返した作業員らは、既に橋脚設置工事のエキスパートと言っても過言ではない。

通常工事には事故が付き物ではあるが、緊急時の防御シールドを付与した神話級のペンダントを量産して支給しているので、そこら辺は大丈夫だろう。

最悪でも即死でさえ無ければ、全力で何とかする気ではいる。


工事は主に、土魔法を得意とする者には、マギ鉱石を魔力タンク代わりに使った土魔法専用の神話級の杖と、無属性や空間魔法を得意とする者用には、クレーン代わりのレビテーションを使える同じく神話級の杖を、レールとレール、レールと橋脚の接合には錬金の溶着が使える神話級の杖を配布して居る。

更に、最後の仕上げには、強化と固定を付与する神話級の杖で仕上げとなる。

橋脚やレールは神話級のマジックバッグに入れてあるので、そこら辺も大丈夫である。

各チームが20人で構成されていて、現場監督となるリーダーの指示の元、レーザー発信器と受光器で高さのレベルを合わせながら、作業を行う感じである。


「では、これから、待ちに待った大プロジェクト、山手線計画を実行する。 このプロジェクトは、おそらく歴史に残り、後世まで語り継がれるだろう!

みんなは、その歴史の1ページに名と功績を残す事となる。

事故にだけは気を付けて、それぞれが安全に100%の仕事をしてくれ! じゃあ、工事開始だ!」


「「「「「「「「「うぉーーーーーーー!!!!」」」」」」」」」


全員の雄叫びが響き渡り、工事がスタートしたのであった。


マギマーカーの発信位置に向けて、緻密な測量を行いつつ、橋脚の穴の位置を調節し、慣れた様子で地面にレベルを合わせ土台を埋める穴を開けて深さを微調整しながら掘って行く。

次に資材班がクレーン班と共同で橋脚を出して穴にいれ、土魔法で橋脚の廻りの地面をガッチリと固める。


今度は高所となるが、橋脚の上の作業となる。

クレーン班と資材班でレールを橋脚に設置し、溶接班が固着させ、最後に強化と固定の付与を掛ける。

この一連の流れで、次々と橋脚とレールが伸びて行くのである。


ドワースからは、見物人がチラホラと見に来ていて、その驚く様な工事内容に度肝を抜かれていたのだった。



最初の1本目こそ、慎重にやっていたが、徐々にペースが上がり、数班による時間差の並列作業であるとは言え、驚く事に初日だけで約150本の橋脚が生えたのであった。

レール長は25mなので、約3.5kmが完成した訳である。


そして、工事が始まってから5日が経つ頃には、1日に大体220本前後まで伸びたのであった。


俺は、予想以上の早さに驚きつつも再三に渡り、「焦る必要は無いから、無理をしたりしない様に」と言っていたが、特に無理無く作業しているとの事であった。




工事開始から2週間が経過した。

週休1日となっているので、実質12日となるのだが、現在までに既に66kmのレールが繋がったのである。

幸いな事に、今の所、事故は全く起きて居ない。


俺は、早速その区間をモノレールで走らせて見て、レールの継ぎ目の完成度を確認する事にした。

折角の機会なので、作業員達にも実際に乗せてみて、レールの継ぎ目の精度の大切さを実感して貰う事にしたのだった。



「ケンジ様! オラ、感激ですだ!」

とモノレールに初めて乗る作業員らが、口々にお礼を言って来る。


「いやいや、お礼には及ばないよ? 君らの作品だからね。

これからモノレールを実際に乗ってみて、レールの継ぎ目の初期テストを行う訳だけど、理想は、全く継ぎ目の振動や音を感じさせない事。

完璧であれば、ここに積み上げた棒は倒れない。 まあ、あくまで目安だけどね。」

と説明してから、出発した。


音も無くモノレールが走り始める。

「「「「「「「「「うぉーーーーーーー!!!!」」」」」」」」」

と後部の客席から歓声が沸き起こっている。


そして、シーンと静まり返り、音や振動に集中している様子だ。


俺は滑らかに時速100kmまで加速してみた。


うん、今のところ、問題無いな。 素晴らしい。


「おっと、もう線路の切れ間か。 減速減速!」

遙か向こうに線路の切れ間が見えて来たので、慌てて減速に入ったのだった。


「レールの継ぎ目は、全く問題ないね。 凄く良い感じだったよ。 みんなありがとう!

完成した折には、全員で一周しような!!」

俺はお礼を言って、次の班の者を乗せて試運転した。

その日は10回程、作業員を入れ替えて試乗し、全作業員が、モノレールを体験した。



この日以降、自分達が、何を作り、作った作品の成果がどう言う風に影響するかを知った作業員らの士気が高まり、『早く一周乗車してみたい』という気持ちで一致団結したらしい。

その結果、より精度の高いレールが更に少しずつペースを上げて完成して行くのであった。




さて、俺に取っては一番重要な俺とアケミさんの結婚式だが、遠方から出席する各国の使者の兼ね合いと、神殿本部から来る司祭長の兼ね合いで、6月の1日に行う事で決定したらしい。

自分の結婚式の事なのに、『らしい』と云うのは、やや投げやり的に感じるかも知れないが、色々とステファン君が各所と話を纏めて、無理の無い日程を決定してくれたので、文句は無い。

本来なら、ジミ婚を希望していたのだが、そんな俺の儚い希望は、鼻で笑われてしまったし。

まあ、無理なのは判っては居たんだけどね。




5月の中旬になった頃、レールの総延長は350kmを超えていた。

途中、森や川等を超える事はあったが、森等は事前に伐採部隊が先回りして、工事に必要な箇所の伐採を行っていたので、手を止める事無く橋脚を建てて行って居る。

後少しで、最初の問題箇所である、切れ間の幅が123mの渓谷が存在する。

谷や渓谷、山等の通常工事が出来ない場所は、俺の出番となる。


色々検討した結果、一体物のアーチ状の石橋を架け、中央部分のアーチの頂点では、橋脚無しでダイレクトに接合する感じである。

結婚式まで間が無いので、先行してアーチ状の橋を2日掛かりで架けたのであった。

特に、橋と地面の接合面には、安全の為、地盤強化を広範囲に掛けた。


この世界では、強度計算とかシミュレーションなんて事が出来ないので、若干不安ではあるが、その為に、安全マージンは多めに考慮している……つもりだ。



ちなみに、工事は俺の結婚式がある6月1日に合わせ、1週間の休みとなる。

その為、何とか今週中に渓谷の向こう側へ繋げようと、作業員達も気合いが入って居る様だ。


「お、俺達ぁ、何もケンジ様に恩返しもお祝いも出来ねぇ! だから、せめて区切りの良い所まで漕ぎ着けて、お祝いにしようぜ!」

いつの間にか、誰からとも無く言いだして、目標を掲げ、連日精を出してくれているのである。


「ハハハ、気持ちは嬉しいが、だからと言って無理は禁物だからな! 焦っても良い結果には繋がらない。 急いでいる時程、慎重にな!」


俺がそう言うと、「はい、大丈夫でっせ。 任しておくなんさい!」

と号令を掛けていた現場監督が微笑んでいたのだった。




そして、彼らの頑張りのお陰で、結婚式の3日前に渓谷に到達した。

俺は朝から着きっきりで、工事に立ち会い、夕方には何とか無事に向こう岸へと到着した。


「やったな! ありがとうな!!」


「「「「「「ばんざーーい! ばんざーーい!!」


作業員らが、笑顔で万歳三唱しながら喜んでいる。

中には感極まって涙を流す者さえいた。


俺も作業員達も、笑顔で抱き合い、肩を叩き合ったのだった。


まあ、終わった感を出しているが、終わったのは、最初の難関だけである。

まだまだ工事は続くのだ。


その日の晩の食事には、俺の方からお酒を差し入れして置いた。

勿論泥酔して翌日に影響しない程度の量にしておいたのは、言うまでも無い。




城へ戻ると、ステファン君から、神殿本部から司祭長とシスター数人が到着したと伝えられた。


「神殿の方へお連れしたら、司祭長が固まってましたよ?」

とステファン君がニヤリと笑っていた。


そう、ここの城を中型に変更した際に、大神殿に変更したのだが、その荘厳さは、神殿本部の比では無かったのだ。

兎に角、素晴らしい神殿なのである。 流石は建築神ビルデン様作である。 勿論神話級の一品である。


流石に隣の神社が寂しく思えたので、こちらも若干大きくしておいたけどね。

ただ、主にお参りするのは俺だけだから、逆に余計に寂しい感じになってしまったのは、何ともし難いところである。



明日は、本番に向けてのリハーサルを終日行うらしい。


俺がステファン君に、

「そうか、色々と準備が大変だねぇ。 大変だろうけど、宜しくね!」

と励ましの声を掛けたのだが、


「何、人事の様な感じで言ってるんですか? ケンジ様、貴方が主役なんだから、当然終日ケンジ様もアケミ様もヤルんですよ?」

と呆れた様な目で見られてしまった。


「え? 俺? 俺も必要?」


「当然ですよね?」


「………」


俺が絶句して固まっていると、

「まあ、頑張って下さい。 一生に一度の事なんですから、悔いを残さぬ様に。 ね?」

と肩をトントンと叩かれたのであった。


うーん、ステファン君の成長っぷりが末恐ろしい……。

これでは、どちらが年上だか……。



「ハハハ、わ、判ってるって。 じょ、冗談だから。 判ってたから!」


俺は苦笑いしながら逃げる様に部屋へ戻ったのであった。

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