第13話 天然酵母 (改)

一夜明け、朝日が顔を出す頃、目を擦りながら、席を立って、洗面所で顔を洗う。

借りた本を早く戻そうと、一心不乱に読みながら、写本を続け、やっとさっき終わったのである。


全部で約70ページだが、実に前置きが長く、全く関係無い部分を飛ばすと、正味40ページぐらいになった。

更に、判りづらい表現は、何回も読み直して、適正な内容に要約した。


本の内容は、まず魔力感知から始まる。

次に魔力操作が出来る様になったら、いよいよ魔法の発動に関する章となる。


幾ら適性があったとしても、魔力感知と魔力操作が出来ないと魔法は発動しないと書いてあった。

何かややこしい書き方で、無理に難解というか、敷居を高く嵩上げしているが、幾ら先に進もうとしても、そもそも魔力感知と魔力操作の熟練度が上がらないと、効率の良い魔法は無理よ? って内容である。

それをウダウダと難しい言葉を使って、本の字数を増やしているが、要点はそれだ。


で、魔力感知に関しての章では、魔力感知の方法が書いてあったが、要は自分の中の魔力を感じる事から始めるらしい。

そうか。自分の中の魔力か。


ステータスに表示されるMP分の魔力は保持しているって事だから、この身体には魔力が存在している事は間違い無い。

ベッドに横になりつつ、書き終わった紙の束を読みながら、大体臍の辺りの奥に感じるという魔力を必死に探ろうとしているが、全然ダメだ。

まあ、早々簡単に出来るなら、魔法使いだらけだよな。

気長に毎日訓練しよう。



どうやら、3時間程眠ってしまったらしく、気が付くと、ピョン吉がキュイキュイと鳴きながら、俺の耳たぶをハムハムしていた。

少し寝過ごしてしまったっぽい。

慌てて、着替え、荷物を収納して、ピョン吉を肩に担いで、借りた本と、部屋の鍵を片手に部屋を出た。


「おはようございます。

ちょっと遅くなってしまいました。」

と部屋の鍵を返し、

「あと、この本、ありがとうございました。

お陰様で、取りあえず必要な事は判ったので、地道に訓練してみます。」

とジェイドさんにお礼を言いつつ、本もお返しした。


「え? もう読んじゃったの? もっとユックリでも良かったのに。」

とジェイドさんが気まずそうな顔で受け取っている。


「いえいえ、ちゃんと必要な部分は要約して、写本しましたので。

本当に助かりました。」

というと、


「そうか。まあ役にたったんだったら、良しとしよう。

朝飯食って行くだろ? 一応、朝飯付きだし。」

と聞いて来たので、お願いした。



出て来た朝食は、パンとスープと、ソーセージ、それにジャガイモを蒸かして塩とバターを溶かした感じのシンプルな物だった。

「すまんな、朝食はオーソドックスな物なんだよ。

あまり捻りは無いから。」

と苦笑いしながら、置いて行った。


フフフと思わず笑ってしまったが、頂きますと手を合わせて、美味しく頂いた。

パンも白パンと呼ばれる贅沢品で、ソコソコに柔らかいが、若干発酵不足という気がした。


「やっぱり、ここのパンって白パンってやつですよね?

美味しいですね。

しかし、もうちょっと二次発酵させられれば、もっとフンワリになると思うのですが。」

と素材や料理の腕が良いだけに、思わず漏らしてしまうと、


「ん? どう言う事だ? 発酵って?」

とジェイドさんが話題に食い付いて来た。


「あ、いや、材料も腕も良いだけに、パンが惜しいなぁって思った物で。

なんか出過ぎた事を言ってしまって申し訳無いです。」

と話を打ち切ろうとしたが、


「いやいや、そこまで言ったんだから、もうちょっと教えてくれよ!

情報が有用だったら、2泊飯付きで泊めてやるからさぁ。」

とジェイドさん。


「うーん、役に立つかは判らないですが、逆に質問なんですが、このパンとかって、どうやって膨らせているんでしょうか?」

と聞くと、この世界のパンはイースト菌や天然酵母の発酵で膨らませている訳ではなかった。

工程を聞く限り、どうやら別の俺の知らない物で膨らませている事が判明。

しかし、その方法だとこれが精一杯なんだとか。


という事で、俺は前世で独身時代、トレンディードラマに感化され、一時期作った事のある天然酵母の作り方をザックリと教えた。


「なるほど!初めて聞いた方法だな。そうか果物を使うのか。

しかし、下準備に時間が掛かるな。」


「そうですね。

まあ果物だけでなく、ヨーグルトからも作れたりしますけど、どれにしても、時間と温度管理が重要ですね。」


「よし、ちょっと試してみるわ。

なるほど、リンゴの皮と、葡萄か……

砂糖がちょっと高いけど、これが上手く行けば、うちのウリになるな。グフフ。」

とほくそ笑んでいた。

「フフフ、喜ぶのは成功してからにしないとね。

あ、その代わり、上手く行ったら、分け前下さいよ?」

というと、


「おう!任せとけ!」

と言っていた。


ふむ、葡萄か。リンゴも葡萄も、例の森の果物にあるな。

俺も今度また作ってみようかな。



今日は約束していたガバスさんの店に行き、一緒に商業ギルドへと登録に行く予定である。


朝の街……と言っても既に9時半を回っているが、サンドイッチやウィンナーを茹でた物や、朝から肉串を焼いて売ってる強烈な屋台もある。

そう言えば、ピザとかは見かけないなぁ。

尤も中身50歳の健二にしてみれば、朝から肉串も、ピザもちょっとご遠慮したい。


朝から屋台で食べるとしたら、何だろうな?

おかゆとか、焼きお握りとか、あと磯辺焼きも良いな~。

雑炊やおじやも良いし。

でもやっぱり、日本人の朝は、ご飯に納豆に出汁巻き卵と焼き魚+大根おろしだよな。おっと味噌汁も必須だな。

これに漬物と海苔があれば、最高だよな。

ああ、お寿司も食べたいなぁ。


等と朝から食べ物の妄想に取り付かれつつ、ガバスさんの店に辿り着いた。


「おはようございます。ケンジと申しますが、ガバスさんはいらっしゃいますでしょうか?」

と店のスタッフに声を掛けると、


「あら、あなたがケンジさん? ウフフ、可愛いわね。ちょっと待っててね、店長呼んで来るから。」

とツインテールに髪を縛った水色の髪の女の子(17歳ぐらい?)が奥へと呼びに行って、直ぐにガバスさんが出て来た。


「おう、おはようさん。少しはユックリ出来たか?」

と言われ、まさか、写本に忙しくて3時間程しか寝てないとは言えず、「まぁ」と返事を濁すのであった。


その後、予定通り、2人で商業ギルドへ行き、無事に商業ギルドの会員となった。

まあ、アイディアの登録とガバスさんとのロイヤリティ契約を行うのが主目的だったのだが、商業ギルドの会員になる事で、俺としても思わぬメリットがあった。

それは錬金関連の道具や材料の仕入れも出来るし、更には何かを作った際に、商業ギルドへ売る事も可能だという事である。


聞けば、ポーションとかのレシピが載っている教本も売っているらしく、思わず道具一式と教本を買ってしまった。


「おいおい、何か驚くぐらいの金額の買い物してるが、大丈夫かよ?

錬金はそうそう甘いもんじゃないぞ?」

とガバスさんが心配してくれたのだが、


「まあ、半分趣味みたいな感じですから、大丈夫ですよ。」

というと、


「まあ、お前さんなら、なんだかんだで上手くやりそうな気もするがな。」

と呆れ半分で笑っていた。


うん、おれもそんな気はしてる。


まあ俺の性格は、コツコツと何かを一人で作り込むってのに向いてる気がするんだよね。

あまりコミュ力は無いし、どうしても前世の経験で、ある意味人が怖いんだよね……特に女性がね。

そりゃぁ、遠目に美人さんを見たりするのは問題ないし、普通に会話するぐらいは問題無いのだけど、なんかヒステリックにガンガン言われると逃げ出したくなる程に怖くなる。

多分、元妻と重なる様な事態になると、パニックを起こしてしまうんだと思う。


まあそんな俺だし、せっかくの第二の人生なら、誰にも迷惑の掛からない範囲で、好きに楽しめれば良いかな?とね。

それに、女神様のご厚意で、どうやらお金には追われる事も無さそうだし。



商業ギルドからの帰り道、ガバスさんと歩きながら話していると、


「え?何?ケンジ、お前、いきなりCランクになっちゃったの?」

とドン引きされた。


そこで、経緯やギルドマスターの教えてくれたメリットなんかを話したら、何か可哀想な者を見る目で見られた。

うーん、納得いかんな。


「いや、まあランクは上がるに超した事はないんだけど、でもそれって、お前さんの言うヒッソリと目立たずって言う路線とは違うと思うんだがな?

まあ、本人が良いなら良いだけどなぁ。」

と言ってた。

ひょっとして、俺は口車に載って、やらかしてしまったのだろうか?


「まあ、何かあれば、また相談に来いよ。」

と言って貰い、ホッとするのであった。


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 メンテナンスを行い、一部文章の改善等を行っております。基本的な内容には変更ありません。(2020/05/21)


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