第20話 謎の美女?蘭丸

「どうかしら?」

 月佳姫の部屋に長身の美女がいた。月佳姫とお揃いの紫の着物を身にまとった美女は蝋燭の火に照らされ、切れ長の目と長いまつげが妖艶さを増す。可愛いというより綺麗と言った言葉がよく似合う。きっと一目見ただけで絶世の美姫と見初められるであろう。


 武黒と身長がほぼ同じでなければ。更に言うと。


「こんな声の低い姫がどこにいんだよ」


 武黒は冷静に突っ込んだ。美女は月佳姫から借りた扇子で口許を隠すことで、夜になって伸びてきた髭を誤魔化すと元々ある整った顔、そして何より女性よりも美しい肌のせいで色気が増した。そう女性よりも白くて美しい男なのだ。しゃべらなければ。


「お化粧までしたのに。武黒ちゃんひどいー」

 美女はとびっきりのウィンクと野太い声で同僚の名を呼ぶ。

 「気持ち悪いんだよ。蘭丸」


 武黒は蘭丸のウィンクによって放たれたハートマークを手で払いながら返す。そこらの術者がかけた呪詛より強烈なんではないだろうか。


「男の人って乱暴なんだからぁ」


 蘭丸がきゃあとか言いながら、くらった呪詛返しをよける。

「武黒ひどいです」

 よよと泣き真似をする月佳姫。だが泣き真似というより、うつむきながら漏れる声は笑いをこらえていた。

「「ねー」」

 月佳姫と蘭丸が同時に首を傾げてアイコンタクトをする。これは地獄だろうか。


「あぁもう、どう見ても月佳じゃねぇだろうが!!」


 武黒の突っ込みは叫びに近かった。

 「座れば行けますよ?」

 確かに足の長さに対して、座高が低い蘭丸なら後ろ姿だけ見れば月佳姫に見えなくもない?いや、それでもデカい。だがそんなことじゃない。


「ちげぇよ。こんな野郎の声の姫がどこにいんだよ!」


 そう、問題は蘭丸の声が低いのだ。それを無理矢理高い声を出して、更に女口調。


「これなら刺客も逃げ出すだろ?」

 しかし当の蘭丸は満更でもないようだ。


「お前、近衛だよな?近衛が城の侵入許してどうすんだよ!城外で殺せ!」


 あろうことか月佳姫の居室まで刺客の侵入許してどうすんだよと冷静に突っ込む武黒。確かにどんな腕っぷしの強い刺客でもこの口調を聞いたら逃げ出すかもしれないが。

「無駄な殺生はいけませんとあれほど!」

 だが月佳姫はマイペースに武黒をとがめる。


「きゃあ、男の人って怖い」


 蘭丸は姫が身に纏う着物姿になったことで浮かれている。だが本来の目的はもちろん、蘭丸が女装を楽しむことではない。


 「問題は侍女に気付かれないことだろうが!」


 武黒はとうとう叫んだ。そうなのだ。奥美の地に術を使って武黒と月佳姫が行っている間、月佳姫不在中の影武者が欲しいのだ。


「なら、俺が武黒をやろう」

 さりげなく話をすり替える蘭丸。

「月佳だよ! 月佳の影武者!」

 お前が俺だろうが、蘭丸だろうがどうでもいいんだよと突っ込む武黒。だが姫巫女の不在だけは絶対にバレてはならない。


 しかし、こういう時にひらめくのが月佳姫。

「文太に女装させてはいかがです?」

 月佳姫は両手をあわせて微笑んだ。

「「あぁ」」

 武黒と蘭丸は同時にうなづく。


「確かに、彼なら見習いだし居ても居なくてもどうでもいいな」

 さりげなくひどいことをいう蘭丸。

「それに見習いと言えど、星読み位できるでしょう」

 それをまったくかばわない月佳姫。

「おめぇら……ひどいな」

 武黒は居ないところでぼろくそ言われる文太に同情せざるを得なかった。彼に何の罪もない。更に言うと今日初めて会った。月佳姫と背丈が近くて、声変わりしていないせいか女の子っぽい声なだけなのに、さっそく標的にされた哀れな少年。


「しかし、月佳姫。星読みなど大事な任を任せてよいのですか?」


 蘭丸は問う。星読みとは文字通り、星を観ることで今後の国の行く末を占う任。それゆえ、月佳姫は巫女としての大切な仕事を抜けるわけにはいかないのである。しかし本人はどこ吹く風のようだ。


「昨日今日で、星がそんなに変わらないので大丈夫でしょう。それに物凄い凶兆ならさすがに見習いでもわかります」


 月佳姫はいつも通りにこにこしながら言った。国の未来を占うというのに適当すぎると武黒と蘭丸は思ったのは言うまでもない。この落ち着きっぷり。これが当代随一の巫女の貫禄なのだろうか。


「という訳で、今日星を観て明日は奥美です」


 月佳姫は緊張感なく星を観測するための準備をはじめた。


──まぁ、月佳のことだから何とかすんだろ。


 武黒は口には出さないが、月佳姫と蘭丸はいつも飄々としていても何とかする人だと信頼している。決して口には出さないが。

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