第120話 人間の記憶

「はい、晩メシ」


「・・・」


さっきから、まるまる太ったグナチアの新生児をぶら下げているので、イヤな予感はしていたのだが、やはりそういうことか。


パンか何かのように二つに引きちぎり、内臓がしたたる断面をこちらに向けて、差し出してきた。


「・・・いい。食欲なくて。」


考えてみれば、朝食の後は何も食べていない。

けれど、食材がグナチアだから、という理由ではなく、本当に食欲がなかった。


「そう。」


アマロックはその場にあぐらをかいて、がつがつと食べ始めた。

何もすることがないアマリリスは、その傍らに、ひっそりと腰を下ろした。



まだ日没まで少し時間があるはずだが、冷たい、骨の髄まで染みるような風が吹きはじめ、

はやくも寒さに我慢が出来なくなってきていた。


ダメだ、とてもこのままではいられない。

かといって、火を焚くわけには、、、


寒さにこわばった首を動かして、アマロックの方を見た。

火を使わず、調理もせず、とらえた獲物をそのまま丸かじりする姿を見ると、やはり魔族は獣なのだな、と思う。


けれどその事がむごいとか、いやしいとかは、もう思わなかった。


本当は、全身を子どもに食いつくされて死ぬことも、この世に生をうける前に喰い殺されることも、

生きようとして生きられずに死んでいくことも、

少しも残酷なことではないのかもしれない。

ただ、人間の感覚は、人間として育てられた記憶はどうしても、それについて行けないのだ。


「おい、しい?」


無心にがっついているアマロックが、何だか可愛くも思えて来て、

アマリリスは寒さに切れぎれになりながらも、穏やかな声で尋ねた。


「どうかな。

食べてみる?」


どうしたものか迷った挙げ句、結局首を横に振った。


「ごめん。

やっぱりやめとく。」


「そう。」


それだけ答えて、またがつがつと食べ始めた。


言葉を交わしたその一瞬だけ、今日初めて、アマロックの心に触れられた気がした。


そしてこれが、最後になるのかもしれない。

グナチアの幼生まるまる一頭を平らげ、アマロックは立ち上がった。

ぎゅっと胸が押し潰される感じがした。

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