第87話 月下の追憶#3 私の神様

それらの想念や追憶は、白夜の季節によく見るとりとめもない夢のように、

繰り返し立ち現れては移ろい、ファーベルは本を読んでいても内容が頭に入らず、灯りを消した後もなかなか寝付けなかった。


月を見上げた。

穏やかな入り江の海を照らす月光は、窓から建物の中にも差し込んで、窓枠や壁の面にくっきりとした陰影を描いていた。

少し明るすぎる。


ファーベルは月から顔を背けて、寝返りを打ち、思わず息を飲んだ。

眠っているとばかり思っていた、アマリリスの視線が、彼女に注がれていた。


短い沈黙があった。


「どうしたの? 眠れない?」


そう問いかけたアマリリスの声の調子や、薄い膜がかかったような、にぶい視線の動きは、

彼女が直前まで眠っていて、今は一時的で不安定な目覚めの状態にあり、すぐにまた、眠りの中に戻ってゆくことを教えていた。


「ちょっとね、目が冴えちゃて。」


アマリリスは上下の瞼がくっつきそうな表情で微笑み、腕を出してファーベルの頬を軽く撫でた。

つられてファーベルも笑顔を見せた。


「ねぇ、アマリリス。」


「んー。。?」


アマリリスが半分眠っているのは分かっていたが、もう少しだけ話をしたくなった。


「んーと。」


「うん。。」


「神様って、いると思う?」



寝ぼけているせいもあったが、アマリリスからはなかなか返事が返ってこなかった。


妙な問いかけだった。

クリプトメリアの方針、、というよりは単に生活習慣のせいで、

この実験所に神や信仰の影は極めて薄い。

ファーベルの問う神がまずどんな神なのかが分からなかった。


「いないと思うわ。」


アマリリスは結局自分の思う神について答えた。


「神様がいたら、許さないと思うわ。。。」


「何を?」


「・・・色んな事を、よ。」


それきり、アマリリスは眠りに落ちた。


ファーベルは少し頭を持ち上げて、その安らかな寝顔を見た。

そっとその頬にキスすると、自分もぎゅっと目を閉じ、眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る