第82話 思い出せない問い
相変わらず、アマロックやオオカミたちと出会えることは稀だった。
それもそのはずで、相手は野生動物なのだ。
オオカミは警戒心が強い生き物で、熟練の猟師でさえ、滅多にお目にかかれないものだ、とクリプトメリアは言う。
だとすると、アマリリスは相当に勘の良い探求者で、十分この森に受け入れられていると言えた。
彼らに会うことが目的で、森に来ているわけではない。
けれど、それならあたしは何故、こんなに毎日毎日、森に来て、
相変わらず日暮れの道に迷って空腹のまま野宿したり、雨に打たれて凍えたりしているのだろう?
人間が居てはいけない場所、と言われる、
目に染みるような朱に色づいた、ウラシマツツジの葉を眺めながら、あるいは川岸の草むらに打ち捨てられ、朽ちて行くカラフトマスの残骸を眺めながら、
ふと自問することがあった。
けれどその問いは、眠りの中で見ていた夢を、目覚めた後で思い出そうとする時のように、心の深い靄の中に消えてしまい、答える声はなかった。
森にいて楽しいか?
と聞かれれば、アマリリスは一考の後、おそらく首を横に振っただろう。
いつも新たな色彩と驚きに満ちた森は、たしかに美しい。
しかしそれは、ラフレシア極東に暮らす者なら誰でも知っている感動で、
アマリリス一人が、このトワトワトの原生林に、何か特別な発見をしていたわけではない。
いつも森を閉ざす霧雨の寒さや、ぬかるみや樹の根に足を取られる道のりは苦痛だった。
彼女以外の人間が誰もいない樹木の迷宮を、一人でさまよい歩くのは孤独だった。
けれどその一方で、暖かなペチカの火が入り、ファーベルとヘリアンサスの、賑やかな笑い声に包まれた臨海実験所に帰るのは、どこか憂鬱だった。
特に、たまたまアマロックが実験所に来ているところにぶつかって、ファーベルとじゃれついているのを見るような時には、
耐え難いほどの苛立ちすら感じた。
その憂鬱や苛立ちが、アマリリスの時間のほとんどを占める、
対照的な、臨海実験所での暖かさや居心地のよさや、アマロックとファーベルの間にある情愛深い絆、
その対照そのものから来ていることには、彼女は思い至らずにいた。
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