第70話 過酷なハーレム

雨も風も止む気配はなく、窓を打つ嵐が続いていた。



クリプトメリアとアマリリスの雑談は、トワトワトの地理から横滑りして、異界に生きる生物たちの話、自律的創出論の分野へと移っていた。

世界の多様性を作り上げた中心原理は、クリプトメリアにとってはライフワークのテーマであり、

絶対的な教理に等しい、彼の人格の一部分でもあった。


アマリリスにしてみれば、またその話かよという感想ではあったものの、このとおりヒマだし、聞き流す分にはあえて黙らせる理由もなかった。

そして、雛鳥が餌をねだるかわいらしい鳴き声が、実は親鳥に対する恐喝だったり、

オオカミの接近を仲間に知らせている、と思っていたタルバガンの警告音が、実は天敵に対する自己顕示だったり、

といった考えは、奇想天外な筋運びの空想物語のようなおもむきもあった。


「一部の社会性動物では、子殺しという、人間の倫理観からは受け入れ難い行動が見られる。

ライオンやヒヒといった、少数のオスが多数のメスを所有する、いわゆるハーレム型の配偶形態で特徴的な現象だ。


ああいう動物の生態は、一見、男の願望の形そのものに映るが、現実はかなり過酷なものだ。

多数のメスに対して少数のオス、ということは生殖機会の寡占であり、

熾烈な闘争を勝ち抜いて王座を手に入れた個体以外、まずほとんどのオスに、生殖の機会が巡ってこない。


また、ひとたび夢の地位に収まったからといって、決して安心はできない。

彼の王国を奪い取ろうとする挑戦者が、次から次へと襲いかかってくる。

えてして王位は短命で、傷つき、あるいは年老いた王は即座に群れを駆逐され、再びもとの地位に戻れる見込みは、ほぼゼロに等しい。


つまり王位にあるオスは、その時点で莫大な資産を、彼の生体旋律を何倍、何十倍にして保存することのできる保育器を所有しており、

同時に遅かれ早かれ、それを失う運命にある、と見込むことができる。」


「はぁ。」


自分の性を保育器だの資産だのと呼ぶ、年老いたオスが癇に障らないでもなかったが、それは言わずにおいた。


人間ではなく、獣の話なのだ。

生体旋律の論理を、人間の教訓に引き直して考えるのは無意味だと、アマリリスにはわかってきていた。

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