第38話 獣の無慈悲
ヒツジのふりをやめたオオカミが、みどりの草地の上、花を蹴散らして走る。
危険に気付いて手近の穴に飛び込むものたちには目もくれず、狙いをつけた1匹目がけて、一直線に疾走していった。
最後の数秒間、地リスはじたばたした動きで必死に逃げたが、地表を飛ぶ鳥のような速さで追い迫る捕食者との距離はあっという間になくなり、サンスポットの牙が獲物をさらった。
甲高い悲鳴と、荒々しい唸り声が交じった。
獣の無慈悲さをむき出しにして激しく振り回し、地面に叩きつける。
地リスはそれでもまだ生きていて、半身を弱々しく動かした。
サンスポットがそこにふたたび飛びついて押さえ込み、それで完全に動かなくなった。
隠れていた茂みから、アマリリスはおもわず飛び出した。
握りしめた手が、興奮にふるえていた。
「すっっ、ごぉーーい。
サンスポット、おみごと!」
高々と獲物をくわえあげたサンスポットに、拍手喝采を送った。
わずか一瞬のあっけない勝負。
毎日異界のどこかで繰り返されている出来事だろう。
それがこんなに緊張に満ちた、迫力のあるものだったとは。
手を振るアマリリスを見上げ、サンスポットは地リスをくわえたまま斜面を登ってきた。
アマリリスはすこし困惑した。
誇らしげなサンスポットを見るのは嬉しく、愛おしかったが、
可愛らしい顔の地リスがぐったりとして、生命の消えた目を地面に向けている姿は胸が痛んだ。
「カッコよかったよ、サンスポット。」
若干こわばった笑顔のアマリリスに、サンスポットもにまりと笑い返したように見えた。
黒い尾を左右に振り、くわえていた地リスをアマリリスの足元にドサリと投げ出した。
「・・・はい?」
アマリリスは地リスとサンスポットを見比べた。
「くれる、ってこと?」
サンスポットはまた尻尾を振った。
いっそう戸惑ったが、気持ちはうれしい。
「ありがとーー、サンスポット。
だぁいすき。」
膝を折ってかがみ、サンスポットを抱擁するつもりで両腕を広げた。
けれどサンスポットが彼女の胸に飛び込んで来るようなことはなく、くるりと身を翻してまた谷の方へ下って行ってしまった。
「あ。。。」
サンスポットであっても、ベタベタした交流がオオカミは嫌いなのだ。
それは分かっているのだが。
「・・・食べれんの? これ、人間が?」
アマリリスは途方に暮れて足元の地リスを見つめた。
サンスポットはしばらく同じ戦略で2匹目を狙っていたが、仲間の犠牲にすっかり怯えたらしい地リスたちはなかなか巣穴から現れず、
やがて猟場を変えるのか、尾根を越え、海から吹きつける霧の中へと姿を消した。
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