第31話 オオカミの名前#3

アマロックも含めて6頭の群の中で、一番体格が大きく堂々とした雄のオオカミに、アマリリスは『アフロジオン』と名付けた。


薄暗い森の中で獲物に忍び寄る生業だからか、むかし動物園で見たよりも、ここのオオカミはみな、やや黒っぽい色をしている。

その中で、このオオカミは金色を帯びた毛並みをしていて、日を浴びると輝くようだった。

大きな体もあり、実に美形で立派に見える。

性格は粗暴で、しょっちゅう他の仲間と悶着を起こしている。

とはいえ陰険なところはなくて、どことなく、アンブロシアの英雄叙事詩に出てくるような、豪放磊落ごうほうらいらくで雑な性格の主人公を連想させた。


反対にひときわ黒みが強く、森の中ではほぼ真っ黒に見える雄オオカミには、サンスポットと名付けた。

サンスポットは、アマリリスの一番のお気に入りの一頭になった。

オオカミにしては人なつこく、アマリリスの姿を見ると、サンスポットだけは向こうから寄ってくる。

ゆっくりゆっくり、四つ這いになって近づいていったところ、ごわごわした毛並に触れることを許された。


それでも最初は、明らかな緊張に満ちた様子だったのが、おずおずと首筋を撫でるうち、おだやかな匂いが漂いはじめ、太い尾が左右に揺れた。

それがとても嬉しくて、思わず涙ぐみそうになったほどだった。


はるかな昔、祖先の群を離れて人間と共に生きることを選択した一頭は、きっとサンスポットのような個性のオオカミだったことだろう。

そんな気がするくらい、アマロックも含めて他のオオカミはアマリリスに冷たく、無関心で、あるいは粗暴だった。

彼らには、サンスポットとの間にあるような交流は期待できない、そもそも、交流の相手方となる心を持ち合わせていないように思えた。


オオカミの姿に変身したアマロックは、とりわけ黒くもなければ金色でもない、暗い灰色をしていた。

体格もアフロジオンに比べれば小さく、サンスポットより若干大きく、

性格も、当たり前だが人間の姿の時そのまま、特に攻撃的でも、人なつこいわけでもない。

アフロジオン、サンスポット、アマロックの3頭の中だったら、一番目立たない存在である。

それでも、アフロジオンでさえも、アマロックに対してちょっかいを出してくることは決してなかった。


群には他に3頭の、ありきたりな砂色で体格も性格もよく似たオオカミたちがいた。

アマリリスはいつまで経っても、この特色のない3頭の区別がつかず、適当にベガ、デネブ、アルタイルと名前を割り当て、

その時々で手前にいる方から順にこの名前で呼んでいた。


おそらく、同じ母親からいちどきに生まれた兄弟なのだろう。

毛色はアマロックによく似ていて、肩の高さもそう変わらないが、見比べると明らかに体格が華奢で、まだ比較的若いオオカミだと思われた。

共に警戒心が強く、アマリリスが近くにいると、いつも油断なく彼女の動きを見張っていた。



と、改めて数え上げてみて、アマリリスはふと妙なことに気付いた。

オスばかりで、メスがいない。


実験所の百科辞典には、オオカミの群は、上位のオスとメスのつがいを中心にした家族で構成される、と書いてあった。

けれど、幻力マーヤーの森の群が親子の関係には見えない。

だいいち、アマロックは本当のオオカミではなく魔族なのだから、他のオオカミたちと血縁があるはずがない。


この群はどうやって出来上がったのだろう?

家族以外のメンバーが、よそから入ってくるということもあるのかもしれないが、メスが1頭もいないというのは不自然だ。


今度、アマロックに聞いてみよう。

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