テレキャスレディ

 ちょっとやっちまっただろうか。

 デート後の脳みそがほわほわした状態で抱いた感想だ。

 いったい、どこでテンションが切り替わってしまったのだろう。

 最初はボクサーパンツの柄で笑っていたのたが、気づけば男性用のツルツルでテカテカしたTバックで爆笑したりして、こっちもこっちでバカみたいなエロ下着で対抗したりして。


 ――訴えられたら二秒で負けるな。


 なんてことを思いつつ、おれはいつもよりいくぶんか遅い時間にミサキさんを呼んだ。いつもなら秒で始まるビデオチャットが動かない。だが慌てたりはしない。いまのおれには手にとるように理由が分かる。

 ミサキさんもまた、やらかしたと思っているのだ。

 

 ――おれたちは、現在進行系でやらかしている。


「……ちっすちっすッス……」

「昨夜はお楽しみでしたね」

「――ッ!? そっちもッスよね!?」

「あ、ネタが通った」

「へぁ!?」

「や……おれ、あんまオタクネタ(?)知らないんで、これはオタネタでいいのかなって」

「……どこで仕入れたッスか?」

「オタウィキで」

「……なるほどッスね」


 ミサキさんは早くもほっぺた染めてそっぽを向いた。照れているのは分かるが感情までは読めない。喜んでいるのか、拗ねているのか、おれはどちらでもいいのだけれど。


「下着が届くの、いつなんでしょうね」

「――ッ!? ちょ、あのっ」

「なんですか?」

「ま、まさか……着てるところを見せろとか、そういう」

「言いませんよ、そんなの」

「へっ?」


 ぽかん、と口を開くミサキさん。失礼な。おれはそんな直接的セクハラをしたりはしない。いや下着姿は見たいけども。死ぬほど見たいけども。でも言わない。

 言うとしたら、


「着けてるかどうか、それだけ教えてくれれば、おれは十分です」

「……言えとっ!?」

「おれは、アレ穿いてたら言いますけど?」

「へっ!?」

「あの、意味不明なデザインの、アレ!」

「あ、あれはそのっ」

「聞かれなくても、穿いてるかどうか、言ってやりますとも」

「ぬっ……ぉっ……いえ、い、言わなくても」

「ちゃんと穿いて、言ってやりますよ」

「…………はぃ……」


 ミサキさんは眼鏡をくもらせながら俯いた。肉を切らせて骨を断つ。自らの羞恥に打ち勝てば至福のときが待っている。布面積からは想像できないくらい高い下着を買ったのだ。意地でも穿いてやるという意志がある。そしてまた、


「だからミサキさんも――」

「わ、分かってるッスよ!」


 叫ぶように言って口元を隠す姿は愛らしい。本当に同い年なんだろうかと思わせる妙な小動物感と、いぢりたおしたくなるユル感。


「あー……もう、ほんと可愛いですよね」

「ちょっ、えっ!? あのっ!?」


 照れるミサキさんを肴に、おれはドライ・ジンに口をつけた。ちょっと酔っ払っているくらいでないと恥ずかしさに負けるのはこっちだ。ここではない遠くにマイクを通して話しかけ、カメラ越しに微笑みかける。そうでなくてはできないかもとすら思う。

 実際に対面して、おれはいまと同じように接することができるのだろうか。


「――そういえば」

 

 おれは慌てて尋ねた。

 

「配信の準備ってどうなってるんです?」

「……はぃ?」

「や、ケモミミ選んでくれって話とかあったし」

「突然ッスね……」

「世の中なんでも突然ですよ。テレワークだって突然でしたし」

「一緒にしマス?」

「相談してくれてたのに、おれはもうお払い箱ですか?」

「……そういう言い方は好きくないッス」


 ムスっと頬を膨らませ、ミサキさんは両手を下に突っ張る。前後にゆらゆらと揺れる体を見ながら、おれも言ったそばからしくったと思ったよと思った。


「やっぱり配信するのはDTM《デスク・トップ・ミュージック》なんですか?」

「――というか、やっぱり指ドラッスかねぇ」

「それはプレイを流すって意味です?」

「の、つもりッスけど、微妙な案件が」

「ほう」


 ミサキさんはポスンと背もたれ代わりのベッドの縁に体を預け、丸めた指先を見つめた。


「結っていうか、手を映すと女子バレするッスよ」

「……それが?」

「それが? じゃないんッスよー、それが」


 苦み走った笑みを浮かべて、ミサキさんは続ける。


「自分の腕だと数字でないッスよ」

「なにを弱気な」

「やー、ほんと、そういうもんッス。まーそれはいいんデスけど、問題は」

「問題は?」

「自分としては副業としてやりたいと」

「ですよね」

「だったら女子成分をふんだんに使ってでも再生数を稼ぐべきなのではと」

「なるほど」


 おれの想像を軽々と越えていく難問だ。趣味でやっているなら悩むようなことでもないのだろうが、マジメにお金に換えようと思ったら手段を選んでいる場合ではない。


「――おれとしてはちょっと反対というか」

「……まぁ、そういうと思ったッス」


 ミサキさんは自分の両肩を抱いて、体を左右にくねらせた。


「カレシの独占欲が強いと困っちゃうッスよぉ」

「そっちだって首輪つけようとしてるじゃないですか」

「……それはお互い様ッス」

「でもまぁ、眼鏡は外して、でもってウィッグで……って、そうだ。ウィッグは?」

「あ、それッス」


 それな、とばかりに人差し指をピシリと指して、ミサキさんは寝そべるようにして体を伸ばしダンボールを引っ張り寄せた。


「いくつか届いて。で、それに色付きのエクステ混ぜようかと思ってるッスよ」

「ほう」

「エモ系? みたいな?」

「えーっと、おれファッションには詳しくなくて……」

「前髪はうざバングにして色混ぜよーかと」

「あの、聞いてました?」

「そッスよね」


 ミサキさんは苦笑しながらダンボールに手を入れ、銀髪のウィッグを取り出した。真っ白というか真銀というか、いつものくしゃった髪と違うストレートの、毛先を丸めた感じだ。


「シルバーボブ! 美人の特権ッス!」

「……まぁ美人ですしね」

「……突っ込んでほしかったッスよ……」


 ミサキさんは被ったウィッグを梳きつつ、エクステを指に挟んだ。クリムゾンレッド、トワイライトブルー、ミッドナイトパープル、ライムグリーン……


「カラフルですね」

「ねー。自分の髪でやってもよかったッスけど……」

「出勤命令出たらどうするんですか」

「ね。そう思って。もー無駄な出費なよーな、色々試せるからちょうどいいよーな」

「それらと耳を合わせるんですか?」

「それくらいすれば、まぁ顔バレって感じはないかなーって」

「眼鏡、外してくれます?」

「……そこ、すっごいこだわるッスね」


 ミサキさんはクスクス笑いながらこっちを見た。そっと眼鏡を外し、藪睨み。何度か瞬いてまた眼鏡をかけ直し、笑った。


「ちょっとよく分かんないッスね」

「なんか、おれしか知らないとこが欲しいっていうか」

「えー?」

「一番緩んでるところって感じがするんです」

「……すっごい恥ずいッス」


 ミサキさんは頬をぺちぺち叩きながら上目を使った。


「眼鏡ないと、自分、可愛くないッスか」

「はい」

「即答!? ひどっ!?」


 ガンッ、と顔を歪めるミサキさんに、おれは苦笑する。そんなわけない。冗談に決まってる。なのにいちいち大げさにリアクションしてくれる。そこが可愛い。


「でも、ミサキさんの場合、眼鏡込みで好きかなーって」

「……眼鏡がないのが一番自然なんッスけど?」

「それはそれ、これはこれというか」

「どういう意味ッスか?」

「だってほら」


 おれはミサキさんと過ごした日々を思いかえしながら言った。


「ミサキさん、ちゃんと見えてるときのほうが恥ずかしがってくれるから」

「……ソンナコトナイッス」

「そんなことあるっすよ」

 

 おれは眼鏡を曇らせるミサキさんを見つめた。

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