耳を伝う抱擁

それは抜け出せない罠。遠く離れていても、私を必ず絡めとる。深く、艶めいて、穏やかに、耳を伝い体内に染み込む。獅子の雄々しさと威厳を持ち、麝香の甘くまとわりつく香りを思わせ、珈琲の酸いも苦いも溶け合う舌触り。私は蕩けるように眦を下げ、体の全てをその声に傾けた。姿も見えず触れられずとも、電話を通して鼓膜を揺らす声にしっかりと抱き締められる。私の吐息も、相手を抱き返せていたらよいのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る