第25話

 ここは、客の少ない定食屋。キットくんと僕のお気に入りの店だ。

 仕事を終えた僕と、塾でのアルバイトを終えたキットくん。

 揚げたてのカツを小皿に取ったキットくんが聞いた。

「研修は、どこまで進んでいるんですか?」

「3回目の模擬授業が終わったところ」

「じゃ、講師検定が通ったら、授業できますね」

「講師検定って、難しいの?」

「ハリーさんなら、大丈夫ですよ。模擬授業で注意されたことに気を付けて、チーフと主任の前で授業できれば合格できますよ」

 そう話したキットくんを一瞬だけ、生意気だと感じた。僕より先に塾講師を始めているのだから、この仕事では僕の先輩であるのは事実なのだが。ただ、シーバに感じた感情とは異なっていた。

「ところで、ナノハさんって、いつ、来てるの?」

 カツと格闘していたキットくんが、目を見開いて僕を見た。

「あ、あの、キットくん。誤解しないで。ほら、僕はナノハさんって下の名前しか知らないんだよ。先生方の名札は名字しか書いてないから、いつ、教室に来ているのかわからないんだって」

「ああ、なる・・・」

 カツとの戦いを制したキットくんは、ゆっくりと箸を下ろし、コップの水を少し口に含んだ。

「ナノハちゃんの名前は、チバナノハ。週4日教室に来ています。講師と事務と両方やってます。ただ、事務の仕事をするのは金曜日だけ。主に中学受験の担当だから、ハリーさんと時間帯が合わないかも」

「へえ。講師と事務の両方できる人なんだ」

「そうなんですよ」

 キットくんは笑顔で答えた。

「事務のタカラタさんが休みの金曜日は、事務をしてるんです。ナノハちゃん、あの塾の卒業生だから、塾に通ってる生徒たちと仲がいいんです。ボクの担当している生徒がよく授業に遅れてくるんですけど、ボクや主任より先に生徒に授業に遅れそうなときは連絡してって話してくれたんです」

「へ、へえ・・・」

「大人が言うと反発されちゃうことも、仲がいいお姉さんのナノハちゃんから注意されると、生徒は素直に聞いてくれるんです。ナノハちゃんの授業はわかりやすいって話もよく聞くし・・・」

「キットくん、本当に、好きなんだね」

「え?」

「ナノハさんのこと」

 キットくんは下を向いた。

「なんていうのかなあ。初めてなんです。こんな気持ち。好きな人のことを考えているだけで幸せな気持ちになれるっていう、こんな気持ち」

 キットくんの声は、小さくてよく聞き取れなかったが、たぶん、こんなことを言っていたと思う。

「たくさんの女性を泣かせてきたハリーさんには、ボクなんて子供に見えるでしょ?」 

 ここだけは、はっきりと聞き取れた。

 

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