第20話

「ジェニーさん、今は私よりちょっと下のポジションですけど、研修が終わったら、私より上のポジションになります」

 S女史の言葉に、ジェニーさんは、ぱっちりした目を大きく見開いた。

「そうなんですか!」

 ジェニーさんと先輩の声が重なった。

「そうですよ。ここと、人事部での研修が終われば、ジェニーさんは、海外営業部部長代理兼1課課長補佐です」

「違いますよ!何かの間違いですよ!私は、3課のグループリーダーですよ。課長って器じゃないし、部長代理って・・・」

「私は、海外営業部の部長と人事からそう聞いてますけど・・・。まあ、ここでは、研修なんて堅苦しいことはしません。2週間、ここのメンバーとおしゃべりしてくださいね」

「よろしくお願いします」

 ジェニーさんは神妙な顔で、お辞儀をした。

「海外営業部2課こと海外資料広報課のメンバーを紹介しますね。こちらは、海外営業部のマドンナのマイさん。この課に10年勤めているベテランです。海外営業部の仕事については1課の人間より詳しいですよ」

「マイです。勤務年数が長いだけで、会社のことは、あまりよくわかっていません。よろしくお願いします」

 先輩が頭を下げると、ジェニーさんは嬉しそうに、お辞儀をした。

「そして、この男性が・・・」

「ハリーさんですよね」

 ジェニーさんが僕の名を口にした。

「あれ?お知合いですか?」

 S女史が、ジェニーさんと僕を交互に見た。S女史と目が合った僕は、慌てて首を左右に振った。

「知り合いじゃないんですけど。さっき、給湯室へ行ったら、男性陣がハリーさんの女性を気持ちよくさせるテクニックがすごいらしいって話しているのを聞いたんです」

 S女史の眉がピクリと動いたのを、僕は見逃さなかった。

「へっ、変なこと言わないでください!僕は、ただ、その、マイさんに頼まれて・・・」

「気持ちよくしてもらいました~」

「マイさん!」

 もう、この会社に僕の居場所はない。

 体中の力が徐々に抜けている僕の隣で、先輩は、クスクスと笑っていた。

「ハリー、本当なの?」

 S女史の声が冷たく響いた。

「ですから、僕は、昼休み、ここ、マイさんのか・・・」

「強く!激しく!ね、ハリー?」

「マイさん!揉んだだけなのに、そんな言い方しないでください!」

「へえ、揉んだんだー」

 抑揚のないS女史の声に恐怖を感じた。

「肩ですよ。肩!」

「そうですか。強く、激しく、ねー」

「マイさんの肩が固かったから、強く揉んだんです」

「へー。そりゃ、気持ちよくなるよねー」

「たっ、大変だったんですよ。マイさんが大きな声で気持ちいいって言って」

「え?」

「・・・あれ?」


 少しの沈黙の後、S女史が言った。

「いいなあ。私も、そのテクニック、体験したいなあ」



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