ムトウさんのキモチ

「とりあえず私、ゲームにログインしようと思うのです」

『……冗談だろう?』


 シュウさんが呆れた顔をする。


「いえ、本気です」

「サランさんがログインするなら、あたしもやるー」

『……勘弁してくれ』


 シュウさんが大きな大きなため息をつく。


『あー、兄ちゃんそんなにため息をついてたら、老けるよ』

『誰がハゲるだって?』

『兄ちゃん、毛がなくなるのを気にしてるんだー。はげるとは言ってないよー』


 シュウカさんがバンバンとシュウさんの背中をたたく。


『……抜け毛は気になるものだろう』

『えー、兄ちゃん、抜け毛あるのー』

『……お前、目覚めたらまくらに抜け毛がある恐怖を知らないのか』


 シュウさんそれ、無表情に言うセリフじゃないです。

 そして話が脱線していってる……。

 でもなんだろう、ずっと会話を聞いていたいこの気持ちは!?


 私の気持ちをよそに、シュウさんが顔をしかめて言う。


『俺の抜け毛の話はその辺に捨ておけ。……本当に、ログインするつもりなのか』

「はい。そのつもりです」

『……理由を聞いてもいいか』


 シュウさんが静かに尋ねてくる。シュウさんの心配ももっともだ。

 せっかく、これから先何が起きるか分からないゲームからログアウトできた。

 ログアウトできていない人が大量にいる中で、幸運にもログアウトできたのに。

 そのゲームに再び、ログインすると目の前の人が言い出した。

 そりゃあ、理由を聞きたくもなるはず。


「ほうっておけないから……でしょうか」

『見ず知らずの他人だぞ?』

「まぁ、そうなんですけど」


 確かに、私はムトウさんにリアルで会ったことはない。

 だけど、今のムトウさんをほうっておくこともできない。

「でもやっぱり、放っておけないんです。少なくとも、私に特別スキルを与えてくれたのは、このゲームです。そしてこのゲームの元々の発案主がムトウさんなんだとしたら。彼がいなければ、このゲームは生まれなかったと言えます」

『それはそうだな』

「だから、このゲームのアイデアを考えてくれた、ムトウさんの力になりたいんです。私はこのゲームのおかげで人生が変わった。ムトウさんにとってはこのゲームを考えたことで、悪い方に人生が変わった。せっかく素敵なアイデアを考えてくださったのに、そのせいで人生が台無しになるなんて、やっぱりおかしいです」

『……』


 シュウさんは黙る。シュウカさんも無言になる。私が言っているのは筋は通ってると思うけれどやっぱり理想論に近い部分があって。

 ある意味きれいごとと解釈されかねないことがたくさんある。それは自分でもよく分かっているつもり。でも。それでも。じっとはしていられないんだ。


『……分かった』

「では!」

『……ただ、そちらだけログインさせるのは不安だ。どうにかして俺も、一緒にログインできる方法がないか探る』

『えー、サランさんにはあたしがいるから大丈夫だよー』

 シュウカさんが不満げな声を上げる。

『ただ、全員がログインしてしまうと不安だ。他に協力者が必要だな。それも、信用に足る人物でないといけない』


 私の脳裏に、二人の人物が浮かんだ。関西弁の人物と、リアルでは教師をしているという人物。


「心当たりが二人ほどいます」

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